猛将親父 〜第150話 毛利120万石〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次



天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。


天正13年(1585年)1月、毛利輝元(もうりてるもと)は羽柴秀吉(はしばひでよし)との国境画定に応じた。


「120万石か…」

元春は吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)から小早川隆景(こばやかわたかかげ)と共に城下を眺めていた。


吉田郡山城跡


毛利は安芸国、備後国、周防国、長門国、石見国、出雲国、隠岐国の7ヶ国と備中国、伯耆国の2ヶ国の西部を領有することとなった。



隆景「120万5,000石にごさる。徳川家康(とくがわいえやす)と並ぶ大名と毛利はなりましたな。」


元春「父、元就(もとなり)以来の領地を守れた…わしはそれでよいと思っておる。父上の遺言を守れておる。」


隆景「はい、わしもそう思っておりまする。秀吉が毛利を大大名に置いたのは家康への牽制でしょう。」


元春「秀吉は家康と和睦したとはいえ、安心はできないであろう。」


隆景「この先、毛利は秀吉の戦に出陣することになりましょう。兄上…秀吉は兄上にも出陣を求めてくると思います。」





元春は遠くを見て…ひと息ついて、


元春「わしは隠居した身…出陣はないぞ。隆景。」



隆景は元春を見て内心…


隆景『兄上は秀吉とまだ戦っておるな』


と思ったが口には出さなかった。



コアラこの国分で毛利は織田信長さんの時から続いていた秀吉さんとの戦が終わったんだよ





その後、隆景の予想は当たり、秀吉は紀州征伐を行なったが、毛利は秀吉からの依頼で隆景が毛利水軍を率いて出陣したのである。






紀州征伐を終えた秀吉は隆景に大阪で会った。


秀吉「おぉ、隆景じゃな。わしが秀吉じゃ。」


隆景「はい、初めてお目にかかりまする。小早川隆景にございます。」


秀吉「此度の紀州攻め、大義であった。」


隆景「なんの、毛利が秀吉様と一緒に戦えるのは安心にございました。以前は敵陣の秀吉様は恐怖でしたから。」


秀吉「そうか、はははっ。」


羽柴秀吉


秀吉「次は四国を攻めることになろう。」


隆景「四国…土佐の長宗我部(ちょうそかべ)にございますか」


秀吉「うむ、小牧長久手の戦いでも紀州の根来衆(ねごろしゅう)と共に、わしの背後を脅かしていた。和議がならぬのであれば征伐するしかあるまい。」



毛利は伊予の河野氏(こうのし)を支援しており、長宗我部とは対立関係であった。


コアラ元就さんの代から毛利は河野氏のために四国遠征してるんだよね



隆景「四国征伐がありましたら毛利は必ず出陣いたします。」


元春「うむ…その時は吉川元春にも出陣してもらいたいものだな。」




隆景は内心驚いた。


隆景『やはり、そう来たか…』





つづく…



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