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羽柴秀長
秀長さんは秀吉さんの異父弟なんだよ
秀吉「人質を交換したのに、毛利(もうり)はまだごちゃごちゃと言っておるのか⁉︎」
官兵衛「毛利は割譲される備中、美作、伯耆の配下の国人衆の退去にでまどっているようです。」
秀吉「…ならば毛利に伝えよ!割譲するのは出雲、備後も加え5ヶ国にすると!!」
秀吉が激怒しているのは毛利との講和交渉が進んでないことだけではなかった。
秀長「兄上。今は毛利との間を悪くなるのは、こちらとしてもよくない。毛利が徳川家康(とくがわいえやす)と組んだら…挟み打ちなるぞ。」
官兵衛「そうです。ここはじっくりと交渉を進めつつ、家康と対せねばなりませぬ。」
秀吉「……そうじゃの。ただ5ヶ国を割譲するとは伝えておけ。こちらの強い意志を感じさせておくのじゃ。」
この時期、秀吉は織田信長(おだのぶなが)公の次男、信雄(のぶかつ)との関係が悪化していた。
織田信雄
秀吉が恐れたのは信雄ではなく、信雄が頼りにしている家康であったのだ。
家康さんは信長さんとずっと同盟関係にあった武将だよね
秀吉から5ヶ国割譲するとの脅しが毛利に届いた。
元春は久しぶりに輝元(てるもと)のいる吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)に来ていた。
輝元「叔父上(元春のこと)、秀吉から、こんな文が送られてきた。」
元春は秀吉からの書状を読み、
元春「ふっ、脅しですな。」
輝元「脅し?されど、こちらに攻めてくるのでは?」
元春「今、秀吉にそんな余裕はござらぬ。秀吉は東に家康と言う脅威を抱えて、毛利と争うことはできぬ。」
輝元「家康…叔父上は知っていたのか?」
元春は密かに忍びを放ち、畿内のことを調べていたのだ。
元春「講和するにしても、今、毛利は静観してこきましょう。秀吉も相手が家康。この戦、どう転ぶか…見ものです。」
元春の言うとおり、毛利は秀吉と家康の間には介入せず、静観していた。
天正12年3月から秀吉軍と信雄、家康連合軍との戦が始まった。
世に言う小牧・長久手の戦いである。
戦は局地的な合戦では信雄、家康軍が勝利したが、秀吉が信雄の本領の城を攻略して行った。
焦った信雄は家康の断りなく単独で秀吉と和議を結んだのだ。
信雄を支えるといった大義がなくなった家康は矛を収めるしかなかったのだ。
家康も秀吉に人質として次男を出し和議を結んだ。
この時、家康から出された人質が後の結城秀康(ゆうきひでやす)さんなんだ
この戦後、秀吉はさらに巨大な勢力を持つことになったのだ。
毛利はついに秀吉との国境画定に応じたのだ…
つづく…
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