自分がリアルタイムで見たジャイアント馬場さんのタッグパートナー、まずは…
ジャンボ鶴田
長くタッグを組んでいたよね
1972年、ジャンボが全日本プロレスに入団。
馬場さんは1年後の全日本プロレス旗上げ1周年の蔵前国技館で凱旋帰国したばかりのジャンボをタッグパートナーに指名。
相手はドリーとテリーのザ・ファンクス。
この時、ファンクスはインタータッグのチャンピオンなんだよね
3本勝負のこの試合、1ー1の後、時間切れ引き分けになりましたが、
馬場さんはジャンボをタッグパートナーとして確信した試合でした。
旧日本プロレスの大木金太郎さんらから反対されたけど、ジャンボをタッグパートナーに指名して正解だったね
この後、馬場さんとジャンボのタッグは1975年にファンクスに勝ち、念願のインタータッグチャンピオンになりました。
インタータッグは途中、何回か取られはしましたがその都度奪回し、1984年まで長く保持しました。
さらに世界最強タッグ決定リーグ戦には2度優勝しています。
馬場さんとジャンボのタッグのライバルは先ほどのファンクス以外に、
インタータッグ選手権でも激しく戦った大木金太郎、キムドク。
オープンタッグや世界最強タッグ決定リーグ戦で戦ったブッチャー、シーク。
馬場さんジャンボのタッグ晩年にはハンセン、ブロディ。
馬場さんはジャンボとのタッグではなかったが、1984年にハンセン、ブロディとの試合で負傷。
その後、インタータッグを返上したのです。
そのインタータッグを取りにいったのがジャンボと天龍さんとのタッグでした。
次世代に託したんだね
ジャンボとのインタータッグは1984年まででしたが、前年の世界最強タッグ決定リーグ戦には馬場さんはドリーとのタッグで出場、ジャンボは天龍さんと出ています。
この時、馬場さんは既に次世代に託すことを決めていたのでしょう。
馬場さんとジャンボのタッグは全日本プロレス史上、日本人タッグの最強と思います。
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