猛将親父 〜第131話 生き地獄〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次



天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



「ひっ…人を喰ってる…」

食べるものが尽きた鳥取城(とっとりじょう)で、弥助(やすけ)が見たのは餓死した人を食べる人であった。


コアラ城内には兵と逃げてきた周辺の民含めて4,000人近くおり、兵糧は既になく、家畜や草木まで食べ尽くしたんだ。





弥助も食べ物を求めて、庭をふらふらしていたが、その様子を見て城の中に逃げるように入って行った。






城の中では城主吉川経家(きっかわつねいえ)と重臣の森下道誉(もりしたどうよ)、中村春続(なかむらはるつぐ)が話し合っていた。



そこへ弥助がやって来た。


春続「弥助、どうした?」


弥助「餓死した者の人肉を喰っている者を見ました。」


経家「何⁉︎人が人を喰うだと⁉︎」



道誉は慌て見に行きました。





戻って来た道誉は、


道誉「経家様、弥助の言うとおりです。餓死した人をナタで切り喰っていました…。」


経家「……」


春続「地獄だ…生き地獄だ…」


経家「皆、ここまでだ。秀吉(ひでよし)に降伏する。城内の兵、民の助命を条件に、わしが自害する。」


道誉「…経家様…残念です。わしも自害します。」


春続「わしも自害する!」


経家「2人はならぬ。わしの命に代えて皆は生きるのだ。」


弥助「…私がその旨を秀吉方に伝えてきます。これ以上、この有様を続けてはいけない。」


経家「弥助、頼む。」





秀吉は鳥取城からの降伏を受け入れることにした。



羽柴秀吉



しかし…


秀吉「経家は勇敢な武将だ。石見に帰そう。責任は2人の重臣にある!!自害は2人の重臣のみだ!」



これを聞いた経家は、


経家「ならぬ!わしが今は鳥取城の城主。わしのみが自害する!」



経家の意思は固く、それを知った秀吉は織田信長(おだのぶなが)に連絡を取り、信長は経家の自害を許可した。


結果、経家と道誉、春続が自害することで城内の兵、民の助命となった。



コアラ秀吉さんは経家さんを高く評価していたんだね




天正9年(1581年)10月25日早朝…




経家「石見より持ってきた首桶が役に立った…弥助、元春様に申し訳ないと伝えてくれ。」


弥助「…はい。」



経家は見事に切腹した。




経家の首は秀吉の元に送られ、


秀吉「哀れな…見事な武将だ、吉川経家!」



秀吉は男泣きした。



吉川経家



鳥取城は開城し、秀吉軍は兵や民に粥を振る舞いました。


「おぉ、食い物だ!!」

「米だ!!」



粥が入っている釜に痩せ細った兵や民が群がり、夢中で食べた。



…が、


「ぐっ…」

「苦しいぃぃ…」



粥を食べたものが次々と倒れた。





コアラお腹が空き過ぎた者が急に食べると亡くなってしまうことがあるらしいんだ。



弥助は、その様子を見ながら、鳥取城から離れ元春の陣に向かった…






つづく…



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