1970年1月からの国際プロレスの新春チャレンジシリーズ&AWA世界戦シリーズに初来日したのはモンスターロシモフ(後のアンドレ・ザ・ジャイアント)だけではなく、
AWAの帝王、バーンガニアも来たのです。
おぉ、AWAは当時NWAと並ぶアメリカの団体だよね
ガニアが来日したことで吉原功社長はAWAと提携を結び、国際プロレスはAWA極東支部となったのです。
これによりAWAの大物レスラーの来日が可能になりました。
さらにロシモフやビルロビンソンらはガニアに見込まれ、アメリカ進出したのです。
ロシモフはこれが世界の大巨人になるきっかけだったんだよね
AWAと国際プロレスの提携が世界マットを変えたとも言えると思います。
ガニアはストロング小林と2戦、グレート草津と1戦、AWA世界ヘビー級王座防衛戦を行い、防衛しました。
次のシリーズは第2回IWAワールドシリーズ。
優勝戦はビルロビンソンとストロング小林との3本勝負となりました。
小林は健闘しましたがロビンソンが2本取り、2年連続の優勝となりました。
ロビンソンの見事なダブルアームスープレックスですね。
日本陣営はストロング小林がエースに育ってきました。
いずれは小林がロビンソンを破りIWA世界ヘビー級王座を奪取すると思いました。
小林さんはガニア戦、ロビンソン戦とメインで活躍してるよね
しかし!!
ところがロビンソンに勝ちIWA世界ヘビー級王座を奪取したのはサンダー杉山だったのです。
つづく
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