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現在の鞆の浦
毛利方の水軍は石山本願寺(いしやまほんがんじ)に兵糧搬入のため、瀬戸内海を進んで行った。
石山本願寺は織田信長(おだのぶなが)さんの軍勢に包囲されているんだよね
織田方は毛利水軍600艘の動きを見過ごすことはなく、木津川口(きづがわくち)で阻止しようと300艘の織田水軍を動いたのだ。
天正4年(1576年)7月13日、海戦が始まった。
毛利方の水軍は海戦に慣れている村上水軍(むらかみすいぐん)も加わっており、素早い船の操作で進み、焙烙玉や火矢を織田水軍に仕掛け、織田水軍の大船はすべて焼き尽くしたのだ。
毛利水軍は織田軍の包囲を破り、本願寺に兵糧搬入を成功したのだ。
この敗戦を聞いた安土城(あずちじょう)の織田信長(おだのぶなが)は怒っていた。
信長「何をやっているのだ⁉︎」
信長の前には水軍の将、九鬼嘉隆(くきよしたか)と羽柴秀吉(はしばひでよし)が控えていた。
九鬼嘉隆
嘉隆「毛利水軍は動き早く、小舟で大船を囲まれ焙烙火矢を投げ込まれ…」
信長「言い訳はもうよい!火矢を使うのならば燃えぬ船を作れ!」
嘉隆「燃えぬ船?」
信長「そうだ、鉄の船を建造せよ、嘉隆、すぐかかれ!」
嘉隆「はっ!では早速!」
信長「…ところで猿(秀吉のこと)はどうした?毛利攻めを命じたが…」
嘉隆「ここ最近、姿が見えませぬ。」
毛利家の吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)では木津川口の勝利に盛り上がっていた。
しかし、元春は日野山城(ひのやまじょう)に戻って神妙な顔をしていた。
わし、経信(つねのぶ)はその顔を見て、
経信「父上、水軍の勝利に嬉しくはありませぬか?」
元春「喜んでいる場合ではない。これで明確に織田と敵対することになったのだ。信長は必ず次の手をうってこよう。」
経信「我らはどうされますか?」
元春「水軍のことは隆景(たかかげ)に任せておけばよい。我らは備前の宇喜多直家(うきたなおいえ)を支援するのだ。直家は浦上宗景(うらがみむねかげ)を追放したとはいえ、浦上の旧臣の動きに悩まされているのだ。」
そこへ忍びの弥助(やすけ)が現れた。
元春「弥助、どうした?」
弥助「領内に怪しいものがいたので捕まえてきました。」
元春「怪しいもの?」
元春と経信はその怪しいものを見た。
3人いたが、1人は百姓姿で猿のような顔の男だった…
つづく…
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