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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
毛利(もうり)家に弔問に訪れた織田信長(おだのぶなが)の使いの僧は畿内に戻っていた。
僧は信長に会った。
僧「ただいま戻りました。」
信長「うむ、毛利はいかがであった?」
僧「礼儀を知る対応を受けました。当主、輝元(てるもと)殿、小早川隆景(こばやかわたかかげ)殿に会いましたが隆景殿は智将と呼ばれる雰囲気を感じました。」
信長「隆景には兄がいるはずだが会わなかったのか?」
僧「隆景殿の兄…吉川元春殿は尼子(あまこ)の残党に対するため出雲に出陣中でした。」
信長「元春か…隆景が智将なら元春は猛将と聞いてある。毛利両川(もうりりょうせん)…争いたくないの…」
毛利両川は吉川、小早川の2つの川で両川だね
この後、信長は比叡山(ひえいざん)焼討ちを行なうのである。
元亀2年8月、吉川軍は尼子勝久(あまこかつひさ)の籠る新山城(しんやまじょう)を落とした。
勝久は落城前に脱出し隠岐に逃れた。
一方、元春率いる軍勢は山中鹿介(やまなかしかのすけ)が籠る伯耆国の末吉城(すえよしじょう)を攻めた。
鹿介「元春はなぜここにいるのだ⁉︎安芸吉田に帰ったのではないのか⁉︎」
元春は忍びを使い、元就逝去で安芸吉田に戻ったと噂を流していたのだ。
元春「攻めよ!!鹿介は逃すな!!」
籠城戦の結果、元春の軍勢は鹿介を捕らえたのだ。
鹿介「元春め!謀ったな!!」
元春は初めて謀(はかりごと)を使ったのだ。
鹿介は縛られ元春の面前に出された。
元春「ようやく会えたの、鹿介」
鹿介「……久しいの、元春」
2人が直接会うのは月山富田城(がっさんとだじょう)の戦い以来であった…
つづく…
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