1968年1月3日、日本プロレスとTBSプロレス(国際プロレス)の興行戦争、世に言う隅田川決戦の日です。
TBSプロレスはテレビ中継開始でしかも生中継。
TBSは力が入ってるね〜
日本プロレスは開始は13時半。
観客数は12,000人、超満員。当時、蔵前国技館の興行で最高記録となった。
メインのジャイアント馬場さんとクラッシャーリソワスキーのインターナショナルヘビー級選手権。
血みどろの流血戦の結果、馬場さんが32文人間ロケット砲を爆発させフォール勝ちしました。
凄い迫力だね〜
試合後、リソワスキーは当時、日本テレビのアナウンサーの徳光さんのインタビューを受け、
マイク🎤をかじった場面が有名ですね。
この試合の放送は17時半の1時間枠で放送されました。
かたやTBSプロレスは17時半から試合開始。会場は日本プロレスの蔵前国技館から川を挟んだ日大講堂でしたが、蔵前からのハシゴ観戦の客もいましたが、観客数は6,000人と空席も目立ちました。
19時から生中継で、メインとなるルーテーズとグレート草津のTWWA世界ヘビー級選手権3本勝負は中継に合わせて第3試合でした。
草津さんのセカンドはグレート東郷さんだね
試合は草津のヘッドシザース、アームロックをテーズが余裕で逃れ、逆にヘッドシザースで締め上げ、グラウンド技術で翻弄します。
草津はラグビー出身らしくタックルで反撃しますが、不用意にヘッドロックをかけたところ、
バックドロップが炸裂!!
1本目をテーズがフォール勝ちで取りました。
レフェリーは馬場さんのアメリカでの師匠、フレッドアトキンスさんだね
2本目が開始しましたが、
草津はフラフラで足元がおぼつかず、レフェリーのフレッドアトキンスにもたれ崩れてしまったのだ。
バックドロップで受け身が取れず脳震盪起こしたのかな
セカンドの東郷は「そのまま寝ていろ!」と指示を出し、レフェリーは試合続行不可能とし試合をストップ。
草津の試合放棄となったのです。
つづく
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