猛将親父 〜第95話 月山富田城開放〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️

目次



天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



永禄13年(1570年)2月15日、毛利(もうり)軍本隊は尼子(あまこ)再興軍を破り、包囲されていた月山富田城(がっさんとだじょう)を開放した。

コアラ布部山の戦い(ふべやまのたたかい)で毛利軍が勝ったんだよね


「早く運べ!!」



小早川隆景(こばやかわたかかげ)らは城内に兵糧を運んだ。


さらには城内の兵に粥を作って与えていた。


粥を与えている武将の中に吉川経家(きっかわつねいえ)がいた。


経家「皆、粥はたくさんあるので、慌てず、ゆっくり食べよ。」



吉川経家


経家は後年、まさか自分が同じ苦しみにあうとは、この時は思いもよらぬことだった。


コアラ後年…猿さんに攻められた時だね




城内の兵たちは疲弊してした。


さらには城内には兵糧が尽きており、危険な状態であったのだ。




毛利軍本隊の総大将、毛利輝元(もうりてるもと)は月山富田城の城代の天野隆重(あまのたかしげ)を賞していた。


輝元「隆重、及び城内の兵よ。見事に大軍の尼子再興軍から月山富田城を死守した。」


隆重「ありがとうございまする。殿らが来られると信じておりました。」


輝元「此度の合戦、1番の功は隆重と月山富田城の城兵である。」


天野隆重




その頃、元春は7,000の軍勢を率い、尼子再興軍が籠る末次城(すえつぐじょう)に向かっていた。



元春は家臣の福原元正(ふくはらもとまさ)と馬を並べて進軍していた。




元春「戦、戦と続くと家臣たちも大変であろう。」


元正「なんの、家臣は皆、殿を信じて付いて来ておりまする。」


元春「安穏な時を取り戻して、元正も家族とゆっくりしたいだろ。」


元正「…今は尼子再興軍を討つことが最優先でございます。さぁ参りましょう。」





尼子再興軍の末次城では近づいてくる毛利軍に尼子勝久(あまこかつひさ)が焦っていた。


勝久「布部山で負け、次は毛利がこの城が狙われておる。鹿介(しかのすけ)どうするのだ?」


山中鹿介は落ち着いていた。


鹿介「末次城は平城、籠城には向きませぬ。まずは新山城(しんやまじょう)に移ります。」



鹿介「新山城から毛利と戦って、出雲を取り戻しましょう!」



鹿介は一抹の不安があった。それは忍びの三郎(さぶろう)が姿を現さないことであった。


鹿介『三郎…幽閉されている義久(よしひさ)様をお助けせよと命じたが…何かあったのか…』






その頃、進軍している元春の軍を付け狙うものがいた。


「このままでは鹿介様の元に戻れぬ…元春、覚悟……」




つづく…





にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
にほんブログ村
コアラ最後までご覧になって頂き誠にありがとうございます😊宜しければバナー⬆️をクリックしてね♪