猛将親父 〜第90話 焦る元春〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。


永禄12年(1569年)6月下旬、出雲国に進出した尼子再興軍宍道湖北岸に末次城(すえつぐじょう)を築き、これを拠点とした。

コアラ再興軍はここに至って3,000の軍勢になっていたんだ

山中鹿介(やまなかしかのすけ)は今後の方向性を尼子勝久(あまこかつひさ)と話し合っていた。

勝久「鹿介、次の目標は月山富田城(がっさんとだじょう)だな?」

鹿介「いえ、月山富田城は我が尼子が誇った難攻不落の城。そう簡単には落ちません。まずは周辺に向城を築き、毛利(もうり)方の支城を落としていきます。」

勝久「なるほど…月山富田城を孤立させる策だな。」

鹿介「毛利が月山富田城を落とした時も孤立させられました。同じことをしますが…九州に行っている毛利軍がこちらに来る前に落とさねばなりませぬ。早速動きます!」


月山富田城跡


鹿介の言う通り、尼子再興軍の動きは早かった。


宇波、山佐、布部、丸瀬など月山富田城の周辺に10箇所の向城を築き、毛利方の城を8箇所攻略したのだ。


7月中旬には月山富田城攻めを開始した。



その頃、北九州の毛利軍は立花城(たちばなじょう)で大友(おおとも)軍と膠着状態となり釘付けとなって動けずにいた。


元春は出雲の報せが入る度に焦っていた。


月山富田城攻めの報せは元就(もとなり)にも入っていた。


元春「父上!このままでは出雲が尼子再興軍に制圧されてしまいます!わしが出雲に向かいます!」


元就「待て、再興軍の目的は月山富田城を奪取することだ。」


元春「だからこそ、今、月山富田城が危ういのですぞ!!行かねばなりませぬ!」


元就「月山富田城には天野隆重(あまのたかしげ)を入れておる。隆重なら月山富田城を持ち堪えるはずだ。それにこちらを放っておくわけにもいくまい!」



元春は焦っていたが、元就には逆らえなかった。





元就が期待した天野隆重はわずかな兵で月山富田城に籠り、尼子再興軍を翻弄していたのだ。


天野隆重


尼子再興軍は6,000もの軍勢となっており、かたや月山富田城の天野勢はわずか300。


しかし、隆重は降伏するとの書状を再興軍に送り、月山富田城に再興軍を誘引して奇襲をかけ2,000の軍勢を散々に打ち破ったのだ。





コアラ策を用いるのは元就さんみたいだね



その後も尼子再興軍が手を変えて攻めてきたが隆重は見事に防いでいたのだ。



鹿介「くっ!!天野め!こうなれば他の城を落として、もっと孤立に追い込んでやる!」



尼子再興軍は出雲国内の毛利方の16もの城を攻略していった。


こうなれば月山富田城は兵糧が欠乏していったのだ。


コアラかつて元就さんが月山富田城を攻めた時と同じ策をやったんだね




10月、毛利軍にさらに驚くべき報せが入った。


小早川隆景(こばやかわたかかげ)が焦って元就や元春の元に来た。


隆景「父上!兄上!周防に大内(おおうち)の軍勢が上陸し、兵が続々と集まっております!」


元春「大内⁉︎ 大内の何者か?」


隆景「忍びの世鬼政時(せきまさとき)の報せによると、大内輝弘(おおうちてるひろ)と申すもの。」


元就「輝弘…亡き大内義隆(おおうちよしたか)様の従兄弟だ。」


元春「父上!こうなっては九州に留まるわけには参りませぬ!」


元就「これは大友宗麟(おおともそうりん)の企て…くっ…」


バタッ!


元就がここで倒れた。



隆景「父上!!」


元春「父上!医師を呼べ!!」







医師のおかげで元就は落ち着いた。


元春「父上、大事ありませぬか?」


元就「…うむ、元春、ここはそなたの言う通りだ。九州を引き上げよう。まずは周防、そして出雲の乱を鎮圧しよう。」


隆景「ならば…」


元就「元春、行け!まずは周防に向かうのだ!!」


元春「はい!!」



元春は動き出した…







つづく…





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