猛将親父 〜第85話 元春の不安〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次



天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



永禄11年(1568年)6月、元春や小早川隆景(こばやかわたかかげ)らは毛利元就(もうりもとなり)の命により伊予国より安芸国吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)に帰還した。

吉田郡山城跡



元就「待っておったぞ!」


隆景「父上、伊予の争いはまもなく決着がつきまする。伊予の争いを大友(おおとも)が利用することは予想通りですな。」


元就「うむ、2人とも戻ったばかりだが頼むぞ。」


元春「任せてくだされ!ところで父上…伊予国に山中鹿介(やまなかしかのすけ)が現れました。もしや、何処ぞで尼子(あまこ)再興の種があるのでは…」


コアラ山中鹿介は尼子滅亡後は牢人なんだけど、各地を放浪していたんだよ



元就「その報せは先に聞いたが、幽閉している尼子義久(あまこよしひさ)は円明寺(えんみょうじ)におる。監視を強めておるが怪しいものは現れてはおらぬが…」


コアラ円明寺に義久さんの弟の倫久(ともひさ)さん、秀久(ひでひさ)さんも幽閉されているんだよ


元春「うむ…とにかく北九州に出陣いたします。」



元春は一抹の不安を感じていた。






その頃、山中鹿介は京に向かっていた。京にいる尼子の旧家臣、横道秀綱(よこみちひでつな)から便りがあったのだ。


秀綱は尼子滅亡後、大和国の松永久秀(まつなかひさひで)の下に身を寄せていたのだ。


松永久秀



秀綱の文を持って来たのは、鹿介の忍び、三郎(さぶろう)である。


鹿介はその文を読んだ。


鹿介「京に尼子の血筋をもつ方がおると秀綱からの報せだ。三郎…そなたのことだから、すでに調べておるのであろう?」


三郎「…はい、お見通しで。その方はかつて尼子晴久(あまこはるひさ)様が粛正した新宮党(しんぐうとう)の国久(くにひさ)の嫡男、誠久(まさひさ)の子でごさいます。」


コアラ新宮党は晴久さんにより滅ぼされたんだ


鹿介「新宮党の一族が生き残っていたのか?」


三郎「はい、その方だけ家臣により助けられて京の東福寺(とうふくじ)に僧侶としておられます。」


現在の東福寺


鹿介「晴久様が生き残したのか…名を何と申す?」


三郎「幼名、孫四郎(まごしろう)様でございます。」


鹿介「よし、まずは会いに行こう。ところで…和智誠春(わちまさはる)の処置はいかがした?」


三郎「毛利の監視が厳しく忍び込むことが困難です。」


鹿介「和智を早く消すのだ。やつが隆元(たかもと)殺害のことを元就に話したら、義久様の命が危うい。急げ!!」


三郎「かしこまりました。」





鹿介は京で横道秀綱と合流し、東福寺に入った。


そこで孫四郎に会った。孫四郎は15歳の若い僧侶であった…







つづく…





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