猛将親父 〜第75話 京よりの助け〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



月山富田城(がっさんとだじょう)攻めの毛利(もうり)軍の陣中、元就(もとなり)が病に倒れた…

月山富田城跡



元春と小早川隆景(こばやかわたかかげ)は元就の陣中に入った。


元就は床に伏せっていたが、苦しそうな表情であった。





コアラ元就さんは、この時70歳なんだ



元春「苦しいお顔をされておる…医師はなんと言っておるのだ?」


元就の側近である福原貞俊(ふくはらさだとし)が答えた。


福原貞俊


貞俊「長い合戦で疲労が溜まって身体に響いている…と医師は申しておりまする。すでに京に名医を連れてくるよう使者を走らせておりまする。」


隆景「京の名医と言えば曲直瀬道三(まなせどうさん)殿。すぐ来て頂ければよいが…」


コアラ曲直瀬道三さんは正親町天皇(おおぎまちてんのう)をはじめ、足利将軍家、後には豊臣秀吉(とよとみひでよし)さん、徳川家康(とくがわいえやす)さんにも重用されたほどの医師だったんだ





毛利軍の陣中の動きは月山富田城内の尼子(あまこ)方にも察したのだ。


尼子氏当主の義久(よしひさ)は家臣の宇山久兼(うやまひさかね)から、その報せを聞いた。


義久「元就は既に高齢、長陣に耐えるのは辛いであろう。」


久兼「はい、元就がいなくなれば毛利軍には打撃となりましょう。ここが我らの勝機にございます。」


義久「久兼、籠城に耐えられるように皆に命じよ!!」


久兼「はっ!!」



久兼はわずかな補給路から私財を投げ打って兵糧を調達したのだ。




義久の命は月山富田城内の兵に伝わったが、山中鹿介(やまなかしかのすけ)は危惧していた。


鹿介「元就は毛利の柱ではあるが…毛利には吉川元春、小早川隆景がおる…そんな簡単なものではないが…」





永禄9年(1566年)2月、


京より曲直瀬道三が来て元就の治療に当たった。


元春「思ったより早く来られたの。」


隆景「将軍、足利義輝(あしかがよしてる)公の手配によるものです。ありがたいことです。」


曲直瀬道三



道三の決心の治療に翌3月には元就は回復したのだ。



元就「ふぅ〜、道三殿、ありがとうございます。こんな祖父が生かされたのは、まだやらねばならぬことがあるのですかな…」


道三「元就殿の生命力の強さが生かしているのです。私はその手助けにございます。」


元就「そろそろ合戦も終わりにせねばならぬな…」




元就は早速動き出した。





一方、元就が回復したと知った義久は、


義久「なんと言うことだ…勝機が変わったと思ったのに…」




そこへ、ある報せが家臣の大塚与三衛門(おおつかよさえもん)から義久に入った。


義久「なんだ…これは!?」






つづく…




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