前回まではこちら⬇️
平忠度
平忠度さんは平清盛(たいらのきよもり)さんの異母弟なんだよ
元春「定かではないな。ここを押さえて月山富田城と白鹿城の分断するのだ。」
元正「白鹿城が落ちれば月山富田城はさらに孤立、補給路の封鎖を進めてます。」
そこへ忍びの弥助(やすけ)が現れた。弥助は腕に傷を負っていた。
元春「弥助、どうしたのだ?その怪我は?」
弥助「殿の命で月山富田城を見張っていましたが…城を出て行く忍びのものを見ました。その者を追いかけた時に争いましたが逃げられました。」
元正「忍び?何者か?」
弥助「…以前、我が妹を捕らえ月山富田城に連れて行った者に似ておりました。」
元春「弥助に傷を負わせるほどの腕のもの、さらには人さらいをする…忍びに間違いあるまいが…どこへ行ったのか?」
弥助「西へ向かって逃げました。九州の方面かと…」
元春「九州…尼子(あまこ)が大友(おおとも)に放った忍びか…」
この時、尼子に呼応して大友が九州の毛利領を攻めているんだよね
その頃、大友との対応に九州に行った毛利隆元(もうりたかもと)は大友との和議を成立させていた。
隆元には家臣の赤川元保(あかがわもとやす)が付いていた。
赤川元保
隆元「将軍義輝(よしてる)公の仲介で大友との争いはひとまず落ち着いたな。」
元保「これで西からの脅威はありませぬ。後は尼子です。」
隆元「うむ、ここは退き出雲に向かうぞ。出雲の父上(元就のこと)に急ぎ報せを走らせよ。」
元保「既に世鬼政時(せきまさとき)が走っておりまする。」
隆元「おっ、さすが元保。仕事が早いな。」
隆元は九州を後にし出雲に向かった。途中、安芸国に入り多治比猿掛城(たじひさるかけじょう)で子の幸鶴丸(こうつるまる)に会っている。
永禄6年(1563年)8月、出雲遠征中の毛利軍に訃報がもたらせた。
それは…隆元、急死であった…
つづく…
にほんブログ村



