猛将親父 〜第64話 九州和議〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次




天下を競望せず…

わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



月山富田城(がっさんとだじょう)攻略で出雲に遠征している毛利(もうり)軍。

月山富田城の補給路を絶つため、まずは白鹿城(しらがじょう)を攻めていた。

コアラ白鹿城は月山富田城の日本海側の玄関の役割を持つ城なんだよ


元春は白鹿城の北にある新山城(しんやまじょう)を押さえ布陣した。


元春は家臣の福原元正(ふくはらもとまさ)と新山城から白鹿城を見ていた。

元正「殿、新山城は平安末期に平忠度(たいらのただのり)公が築かれたと言われてますが…歴史を感じますなぁ」

平忠度


コアラ平忠度さんは平清盛(たいらのきよもり)さんの異母弟なんだよ



元春「定かではないな。ここを押さえて月山富田城と白鹿城の分断するのだ。」


元正「白鹿城が落ちれば月山富田城はさらに孤立、補給路の封鎖を進めてます。」



そこへ忍びの弥助(やすけ)が現れた。弥助は腕に傷を負っていた。


元春「弥助、どうしたのだ?その怪我は?」


弥助「殿の命で月山富田城を見張っていましたが…城を出て行く忍びのものを見ました。その者を追いかけた時に争いましたが逃げられました。」


元正「忍び?何者か?」


弥助「…以前、我が妹を捕らえ月山富田城に連れて行った者に似ておりました。」


元春「弥助に傷を負わせるほどの腕のもの、さらには人さらいをする…忍びに間違いあるまいが…どこへ行ったのか?」


弥助「西へ向かって逃げました。九州の方面かと…」


元春「九州…尼子(あまこ)が大友(おおとも)に放った忍びか…」


コアラこの時、尼子に呼応して大友が九州の毛利領を攻めているんだよね




その頃、大友との対応に九州に行った毛利隆元(もうりたかもと)は大友との和議を成立させていた。



隆元には家臣の赤川元保(あかがわもとやす)が付いていた。


赤川元保


隆元「将軍義輝(よしてる)公の仲介で大友との争いはひとまず落ち着いたな。」


元保「これで西からの脅威はありませぬ。後は尼子です。」


隆元「うむ、ここは退き出雲に向かうぞ。出雲の父上(元就のこと)に急ぎ報せを走らせよ。」


元保「既に世鬼政時(せきまさとき)が走っておりまする。」


隆元「おっ、さすが元保。仕事が早いな。」



隆元は九州を後にし出雲に向かった。途中、安芸国に入り多治比猿掛城(たじひさるかけじょう)で子の幸鶴丸(こうつるまる)に会っている。



コアラ幸鶴丸くんは後の毛利輝元(もうりてるもと)さんだね





永禄6年(1563年)8月、出雲遠征中の毛利軍に訃報がもたらせた。


それは…隆元、急死であった…





つづく…






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