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天下を競望せず…
わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。
天文23年(1554年)9月14日、毛利元就(もうりもとなり)は陶晴賢(すえはるかた)の家臣、宮川房長(みやがわふさなが)率いる陶軍を夜襲しようとしたが、陶軍が伏兵を忍ばしていたため、一旦引き下がった。
元就は3人の息子、毛利隆元(もうりたかもと)、元春、小早川隆景(こばやかわたかかげ)、娘婿の宍戸隆家(ししどたかいえ)、家臣の福原貞俊(ふくはらさだとし)を呼んだ。
元春「父上、我が軍は兵の数で負けておりまする。やはり奇襲しかありませぬぞ。」
元就「わかっておる。夜襲はせぬ。明日の朝、動く。わしと隆元は敵の正面、元春は北から、隆景は南から、隆家と貞俊は敵の背後に回れ。」
隆景「四方から一斉ですね。」
元就「いや、わしと隆元が敵を惹きつけて本陣まで惹きつける。そこを側面、背後から攻めよ。」
隆元「各々、早速配置につくのだ!」
「出陣!!」
隆元の声が響いた。
宮川房長は、
房長「ほぉ、正面から来たか。皆のもの、敵はわずかだ!踏み潰せ!」
陶軍は兵を前進してきた。毛利軍はじわりじわりと下がっていった。
兵の数では大きく上回る陶軍は、毛利軍の本陣近くまで来た。
その時!
元春「放て!!」
陶軍の左右から矢が飛んできた。
「うわっ!」
「なんだなんだ⁉︎」
「ぐふっ!」
陶軍の兵は矢に討たれ、陣形はたちまち崩れていった。
房長「くっ、左右からの奇襲か!下がれ!退くのじゃ!」
房長は兵を退こうとしたが、後ろから宍戸、福原の毛利軍が攻めてきた。
隆家「逃すな!!」
貞俊「討ち取れ!」
陶軍は瞬く間に散り散りになっていった。
元春「勝ったぞ!!」
毛利軍の圧勝だったのである。
房長は逃走したが、追いかけてきた毛利軍に討ち取られたのである。
しかし、この折敷畑の戦い(おきしきばたのたたかい)は、この後に起こる戦いの前哨戦に過ぎなかったのである…。
つづく…
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