猛将親父 〜第9話 次郎初勝利〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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目次





天下を競望せず…


わしは吉川元春(きっかわもとはる)の三男、広家(ひろいえ)です。



天文10年(1541年)1月13日、次郎(じろう、後の元春)は11歳で初陣を果たし、吉田郡山城(よしだこおりやまじょう)に帰還した。


コアラちなみに次郎くんのお父さんの元就さんの初陣は22歳と遅かったんだ



帰還した次郎を母の美し(よし)が迎えた。

次郎「母上、次郎生きておりまするぞ!」

美し「はい、よく生きて戻ってきました。」


美しは嬉しく涙が溢れていた。泣きながらも、次郎の側の家臣の福原元正(ふくはらもとまさ)を見つけ、


美し「元正も次郎をよく守ってくれました。礼を言います。」

元正「いや、私が次郎様についていくので精一杯でした。」





その夜…雪が降ってきた。


元就(もとなり)は家臣の志道広良(しじひろよし)と城の櫓から尼子(あまこ)の陣を眺めていた。


元就「敵も疲れたであろう。今宵はかがり火が多いわ…」



広良「…しかし、いつもより、かがり火が多くありませぬか?」

元就「確かに多い……広良!尼子の陣に攻め込むぞ!尼子は逃げたやもしれん!」

広良「はい!」



元就は集められる兵で尼子の本陣に攻め込んだが、もぬけの殻だった。



尼子軍は密かに撤退したのである。



総大将の尼子詮久(あまこあきひさ)は意気消沈していた。


大叔父の尼子久幸(あまこひさゆき)が討死し、吉田郡山城攻略もはかどらず、毛利の援軍・大内(おおうち)からも攻められ勝算を失ったのだ。


コアラそれに尼子に付いていた国人衆の離反や兵糧の補給路を失うのを恐れたんだよね


詮久「…くそっ…元就め…」





吉田郡山城では、




「えい、えい、おー!」

勝ち鬨の声が上げられていた。


次郎も初陣の勝利に興奮していた。

次郎「えい!えい!おー!、三万の兵に勝ったぞ!」



次郎は勝利を喜び、さらに父、元就の策の凄さを強く感じていた。




元就は大内軍10,000を率いていた陶隆房(すえたかふさ)と戦勝の慰労で会っていた。


隆房「此度の籠城、30,000もの尼子軍によくぞ耐えた。誠に素晴らしい働きであった。元就殿。」

元就「大内様の援軍あったればこそ耐えられもうした。礼を申します。」


コアラ後にこの2人が戦うことになるとは…この時は思いもよらぬことだよね



隆房「此度の勝利に毛利の大内への忠誠は揺るぎないものであった。我が御館様(大内義隆〔おおうちよしたか〕)は元就殿の嫡子、隆元(たかもと)殿の帰国を許されたぞ。」

毛利隆元

元就「隆元が戻ってくる…」




大内に人質として山口に出していた隆元が帰ってくるのであった…。






つづく…






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