不透明決着が多かった昭和プロレス | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

先日、大相撲5月場所大関、照ノ富士反則負けという裁定がありましたね。





コアラマゲ掴んじゃったんだね




偶然とはいえ、大相撲での反則決着を初めて見ました。




かつて、昭和のプロレスでは、反則決着、両者リングアウトなど不透明決着が多かったですね。





新日本プロレスはフェンスの外に相手を投げたら反則というルールがありました。



これにより、それまで負けがなかった初代タイガーマスクダイナマイトキッドに反則負けしたのです。








コアラ投げた…という感じじゃないけど…今はフェンスアウトによる決着はなくなったんだよね





当時、一流レスラー同士の試合は、ハッキリとした決着で格差をつけられない場合は、ほとんどが両者リングアウトや反則決着ばかりでした。





全日本プロレスでは長州力らのジャパンプロレス勢がいた頃は不透明決着が特に多かった気がします。




その後、後楽園ホールでのジャンボ鶴田スタンハンセンによる三冠王座の統一戦で不透明決着となり、観客が大ブーイング👎。








大田区体育館での再戦で、ジャンボがハンセンからフォールを奪い、ようやく三冠王座が統一されたのでした。






この辺りから不透明決着が少なくなり、勝ち負けハッキリとした決着がつくようになりましたね。






しかし、反則決着も昭和のプロレスっぽくって懐かしいですね。





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