ジャンボが苦手とした自由な鳥 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

かつてジャンボ鶴田が苦手とした外人レスラーがいました。



コアラジャンボが⁈誰だい?



それは、




テリーゴディ

1990年6月にはジャンボのもつ三冠ヘビー級王座に挑戦し奪取しています。


コアラDDTが決まったんだね


外人レスラーで三冠ヘビー級チャンピオンに初めてなったのはゴディでした。



初来日には、1983年8月、全日本プロレステリーファンクの引退試合の相手でしたね。



この初来日の時の第1戦で得意のパワーボム天龍に決めています。






コアラのちに天龍さんがパワーボムを得意技にするんだよね



ゴディが見せたパワーボムがのちにラリアットと並んでプロレス界での流行技になりましたね。





ゴディはとても器用でシングルはもちろんタッグでも大活躍。


アメリカで組んでいたフリーバーズとしても来日しています。


コアラ左がマイケルヘイズ、右がバディロバーツだね



なんといってもスティーブウィリアムスとのタッグは強く、


世界最強タッグ決定リーグ戦を2連覇しています。




こんなテリーゴディでしたが、かなりの酒豪でそれが原因?で1993年には一時心臓停止で病院に運ばれています。


その後、1年間、来日しませんでしたが再び全日本プロレスに上がったゴディはかつてのゴディの動きではありませんでした。


コアラ心臓に病気を持っていたんだね




全日本プロレスに呼ばれなくなったゴディは日本ではIWA JAPANWARに参加していました。



そして…2001年にわずか40歳で亡くなったのです。



プロレスリングノア中継で三沢光晴と談笑するゴディが映っていましたが、ゴディはレスラーとしてはノアに上がることはなかったのです。



病気がなければ…無理な飲酒が無ければ、三沢さんのライバルだったのにと思うと残念です。




余談ですが、初来日時にジャンボの幻の技、レッグラリアットをゴディは受けていました。


コアラジャンピングニーパットに似てるけどレッグラリアットなんだね



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