織田信長
それが1つの原因で「本能寺の変」が起き、信長は明智光秀(あけちみつひで)に討たれました。
信長は天皇を超えた存在になろうとしたから討たれたのか?
信長と同じように天皇を越えようとして結果亡くなった武士は信長より前の時代にいました。
平安時代に関東で反乱を起こした平将門(たいらのまさかど)。
将門は自らを新皇と名乗り、関東を制覇しようとし、平貞盛(たいらのさだもり)、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)に討たれました。
室町時代には室町幕府、3代征夷大将軍・足利義満(あしかがよしみつ)が皇位簒奪しようとした説があります。
義満は明国(当時の中国)から日本国王を呼ばれました。
さらに自らの子、義嗣(よしつぐ)の元服を親王並みの扱いで行いました。
つまり義嗣を天皇としようとした?疑いがあります。
しかし、義嗣の元服の数日後に急死したのです。
義満の死は暗殺ではないか…との説があります。
いずれも天皇の地位を脅かすと亡くなっています。
平清盛(たいらのきよもり)も孫が天皇(安徳天皇[あんとくてんのう])になりましたが、清盛は熱病で亡くなり、平家は源頼朝(みなもとのよりとも)によって滅びました。
「麒麟がくる」の台詞を用いると、月に登ろうとしたものは帰ってこない…
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