世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍、足利義尚(あしかがよしひさ)である。
細川澄元(ほそかわすみもと)が上洛して以来、京では澄元派の三好之長(みよしゆきなが)の家臣と細川澄之(ほそかわすみゆき)派の香西元長(こうざいもとなが)の家臣の喧嘩沙汰が頻繁に起こっていた。
この状況を忍びの紗奈(さな)が聞いた細川政元(ほそかわまさもと)は…
紗奈「両方の喧嘩で民家を壊す騒動も起きています。」
政元「………」
紗奈「殿、聞いておられますか!?」
政元は修験道の呪文を念じていたのだ。
紗奈「殿!」
政元「…聞いておる。細川一門が一体とならなければいけぬ時期に何をしておるのか…」
紗奈「元長は赤沢朝経(あかざわともつね)が殿に赦免され、山城国一国の守護代になれず、さらに三好之長に主導されると疑心暗鬼になっておりまする。」
政元「澄之はどうしておる?」
そこへ、
澄之「ここにおりまする。」
政元「澄之、来ておったか…入れ。」
澄之「我が家臣が、ご迷惑をかけてまして申し訳ございません。」
政元「元長は讃岐の出、之長の阿波守護家は讃岐にも力を伸ばしておる。元長は気が気でないのであろう。」
澄之「父上…私は是が非でも細川氏の当主になろうとは思っておりませぬ。」
政元「…それはなぜだ?」
澄之「澄元が当主になっても、私は細川のため未熟ながら尽力する所存でございます。」
政元は澄之の言葉に目を細めた。
政元「その心意気、よし!成長したな、澄之。」
澄之「されど、家臣どもはそれでは済まぬようで…」
政元「澄之、元長と兵を率いて丹後国に出陣せよ。喧嘩している力を丹後に向けるのだ。」
澄之「丹後…一色義有(いっしきよしあり)攻めですな。わかりました。」
一色義有は永正2年(1505年)に丹波国の守護に補任されたが将軍、足利義澄(あしかがよしずみ)の要望で翌永正3年(1506年)守護を解任されていた。
永正3年(1506年)、澄之と元長が兵を率いて丹後国の一色攻めに出陣した。
一色氏は隣の若狭国の武田元信(たけだもとのぶ)とも対立しており、一色攻めは元信からの政元への依頼でもあった。
ところがしばらくして澄之勢は敵と和睦して京に戻ってきたのだ…。
つづく…
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