世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
明応2年(1493年)2月、第10代征夷大将軍・足利義材(あしかがよしき)率いる河内征伐軍は河内国、正覚寺に陣を置いた。
義材に従った諸大名は討伐相手の畠山義豊(はたけやまよしとよ)が籠城する高屋城(たかやじょう)周辺に陣を敷き、城を包囲したのだ。
義材「ははははっ!これだけの大軍に囲まれたら義豊も驚いているであろう!のぅ、政長(まさなが)」
此度の河内征伐を仕組んだ畠山政長(はたけやままさなが)も喜んでいた。
政長「御所様(義材のこと)のおっしゃる通りでございます。もうじき落ちるでしょう。」
義豊方の小城は次々に落ち、義豊は孤立…義材の勝利は間近であった。
一方、義豊は、
義豊「ふふふっ…今は持ち堪えるのじゃ。間も無く全てが変わる…。」
義豊は不敵に笑っていた。
京の細川政元(ほそかわまさもと)は…
紗奈「あっ…殿…」
政元は高ぶる魂を紗奈に癒されていた。
明応2年4月22日夜…
政元「さっ、清晃(せいこう)様、こちらへ」
政元は自邸に清晃を招いていた。
そして京の街には兵が集まっていた。
その兵は政元の兵であった。
兵を前に政元は叫んだ。
政元「物ども!京にある義材の館、義材側近の館、義材に関係する館を全て破壊せよ!!」
兵は拳を上げた!
政元「義材は将軍にあらず!今から清晃様が将軍ぞ!物ども!行け!!」
翌23日、政元の軍は義材の館、義材の弟や妹の寺院を次々に破壊した…。
つづく…
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