世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
延徳3年(1491年)10月、近江の六角征伐では細川政元(ほそかわまさもと)の家臣・安富元家(やすとみもといえ)率いる細川軍が六角軍を追い詰めた。
六角高頼(ろっかくたかより)は、またしても甲賀に逃げ込み山岳から攻撃を始めた。
征伐軍は斯波(しば)、赤松(あかまつ)の軍の活躍で六角一族の山内政綱(やまのうちまさつな)を討ち取った。
これに10代将軍、足利義材(あしかがよしき)は大いに喜んだ。
義材「よくぞ敵の一角を討ち取った。政元の軍より頼れるではないか。はははははっ!」
翌、延徳4年(1492年)3月、元家の細川軍は六角軍に奇襲され退去を余儀なくされた。
ここで義材は斯波、赤松、武田(たけだ)の軍を送り、これに細川軍が合流し、六角軍4,000人を討ち取ったのだ。
義材はさらに大いに喜び、
義材「政元の軍はあてにならん!先鋒は斯波義寛(しばよしひろ)に変える!」
細川軍に変え、斯波軍が先鋒になり、さらに甲賀に赤松、武田を送り込んだのだ。
その報せを政元は京で紗奈(さな)から聞いていた。
政元「そうか…元家は引き下がったか…」
紗奈「はい、御所様(義材のこと)は細川に頼らずとも勝てるとお喜びでした。」
政元「それでよい。細川の兵をこんな戦で失ってはならぬ。」
紗奈「殿…御所様をどうされるおつもりで…?」
政元「…今はまだ動く時ではないが…まぁ、見ておれ…紗奈…」
紗奈「殿…あっ…」
政元は高ぶる体を紗奈に当てていた。
政元は自らの策を動かすには必要な人物がいると思っていた。
その人物に政元は会いに行った。
それは、我が母、日野富子(ひのとみこ)であったのだ…。
つづく…
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