世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
文明13年(1480年)、新たな年になった。
前年、丹波国で幽閉された細川政元(ほそかわまさもと)は3月に京へ帰ってきた。
政元は丹波国の守護代、内藤元貞(ないとうもとさだ)を罷免した。
元貞は京にて政元に詰め寄ったが…
元貞「なぜ、わしが辞めなければないのですか?」
政元「国を騒がし、民を苦しめ…さらにはわしを見捨て別の人間を細川の当主に担ぎ出そうとしたな…」
元貞「それは…一時の策にて、決して政元様を見捨てたわけではありませぬ。」
政元「わしが居ずとも別の人間を担ぎ上げればよい…と言ったな⁈」
元貞「そっ、それは…」
政元「問答無用!斬られぬだけ有難いと思え!蟄居せよ!」
元貞は丹波国で蟄居となった。
丹波国の守護代は政元の旅に同行した上原賢家(うえはらかたいえ)が任命された。
この頃、将軍の我より父である足利義政(あしかがよしまさ)や母の日野富子(ひのとみこ)が実権を握っていたのだ。
我は政元が幽閉されても助けることもできず、悔しい思いをしていた。
この年、義政は小川御所に我と富子と一緒に住んでいたが、長谷の山荘に移ってしまった。
よほど富子と暮らしたくないのであろう…
政元の館に僧が訪ねてきたのは、この頃だ。
政元「これは…姉上!」
その尼僧は政元の異母姉の洞松院(とうしょういん)であった。
洞松院は出家した名で、出家する前はめしという名であった。
政元の父・勝元(かつもと)の娘として生まれたが、容姿が不器量で勝元が自ら建立した龍安寺(りょうあんじ)の尼僧になっていたのだ。
洞松院「政元殿、丹波国の出来事は心配しました。わずかな供回りで旅に出るなぞ無謀です。」
政元「ご心配をおかけ、申し訳ありませぬ。されど、諸国を見て今の世を見られたことはよかったことです。」
洞松院「そなたは大事な細川家の当主。お気をつけなされ。」
政元「はい…ところで、そちらの御坊様は…寝ておられますが…」
洞松院「えっ?」
洞松院が振り返ると、年老いた僧は襖にもたれてイビキをかいていた。
洞松院「これは…和尚様!一休(いっきゅう)様!」
その僧は一休宗純(いっきゅうそうじゅん)であった…。
つづく…
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