世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
文明11年(1479年)12月、細川政元(ほそかわまさもと)と家臣の上原賢家(うえはらかたいえ)と紗奈(さな)は四国から畿内に渡り、丹波国に到達した。
丹波国の守護は政元、守護代は政元の家臣、内藤氏(ないとうし)であった。
政元らは身分を隠して丹波の様子を見て歩いていた。
紗奈「冬とはいえ…田畑が荒れてますね…。」
賢家「これで来年は作物ができるのかな?」
政元「…これが我が領地か…守護代の内藤元貞(ないとうもとさだ)は何をしているのか?」
紗奈「元貞は先の乱(応仁の乱)で細川軍として参戦しましたが…これも乱の影響でしょうか?」
政元「元貞の居城を探ってみるか…」
政元らは内藤元貞の居城である八木城(やぎじょう)へ向かった。
城山には複数の民が集まっていた。
「お願いします!」
「米が出来ず、年貢が納められない!」
「此度だけ年貢免除してくだされ!」
その集団の中には武士もいたのだ。
政元「これは…一揆か?」
賢家「そのようですね。一体どこのものか?聞いてきましょう。」
賢家は一揆の集団の中に入っていった。
政元は自らの領地で起きている出来事を間近に見て複雑な気持ちになっていた。
戻ってきた賢家は、
賢家「あの集団は一宮氏(いちのみやし)のものです。年貢免除を元貞が認めないようですね。」
しばらくすると、城から出てきたのは武装した兵だった。
政元「まさか…討つのか?」
兵らは一揆集団に襲い掛かったのだ。
「ぐわっ!」
「いきなりくるか!?」
「返り討ちにしろ!」
城から出てきた内藤の兵らの数が多く、一揆集団は散らされ、30人程が討たれてしまったのだ。
政元はただ見ているしかなかった…。
つづく…
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