世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
文明9年(1477年)11月11日、11年にも及んだ応仁の乱が終結した。
その日が9日後、幕府は天下静謐(てんかせいひつ)の祝宴を催し乱の終わりを告げたのだった。
この祝宴に細川政元(ほそかわまさもと)は参加しなかった。
政元は自らの館の庭を眺めながら自問自答をしていた。
政元『金で終わったなどと…これで本当に乱は終わったのか…?』
政元は大内政弘(おおうちまさひろ)が我の母・日野富子(ひのとみこ)に賄賂を送り守護職を安堵されたことに不快感を覚えていたのだ。
その時、庭の木から影が動いた。
政元「誰だ⁉︎」
その影は姿を現した。それは天狗だった。
天狗「幕府のものは浮かれておるの…これで乱が終わったわけではないのに…」
政元「貴様は何者だ⁉︎」
天狗「わしのことなど、どうでもよい。乱は日本全国に散らばっておるぞ。すでにそなたらの足元に火が点いておるぞ…。」
そう言うと天狗は木に上がり消えていったのだ。
政元「あっ!一体何者なのだ?…足元に火が点いているとは…」
翌文明10年(1478年)7月、我は政元を小川御所に呼んだ。そこには当然のように我が母、富子もいた。
義尚「政元、乱も前年に終わり、幕府を立て直さねばならぬ。」
政元「はい。」
富子「そこでじゃ、そなたを管領に任じることにしました。」
政元「私が管領…。」
富子「管領はそなたの父・勝元(かつもと)殿も付いた職です。そなたも勝元殿以上に力を奮って義尚を支えておくれ。」
政元「…かしこまりました。」
この時の政元は管領職を受けたにも関わらず、うかぬ顔をしていたのだ。
それから我の任大将拝賀の儀礼が行なわれたが、それが終わると政元は管領を辞めたのだった…。
つづく…
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