世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
文明8年(1476年)11月も終わりに近づいた。
細川政元(ほそかわまさもと)は焼け落ちた室町御所の跡にいた。
政元は炎上する室町御所から出てきた天狗のことを思い返していた。
政元『なぜ天狗があの場所にいたのか…争っていた畠山政長(はたけやままさなが)軍も畠山義就(はたけやまよしなり)軍も先に火矢を放ったのは相手だと言い張る…まさか…天狗が……しかし、そんなことをなぜする意味があるのか…』
そこへ政元の補佐役であり元は乳母の紗奈(さな)が現れた。
紗奈「殿、大御所(足利義政〔あしかがよしまさ〕のこと)様からの伝言にごさいます。」
政元「大御所様が…いかなる伝言か?」
紗奈「大御所様の元に西軍へ行った足利義視(あしかがよしみ)様から恭順を誓う文が届いたとのこと。」
政元「義視様が!大御所様が大内政弘(おおうちまさひろ)や義視様に和睦を促した効果が出てきたのだな。それで大御所様は如何様にすると?」
紗奈「義視様の罪を一切不問に致すそうです。」
政元「おぉ、それは良い方向に向かっておる。紗奈、和平はもうじきになるぞ。」
義視は西軍・大内政弘(おおうちまさひろ)の元へいたが、長く続く戦乱に嫌気がさしていたようだった。
義視『わしの存在が戦乱を長くするのなら、わしは元の僧に戻りたいのだ。』
しかし、翌文明9年(1477年)になっても和睦はなっておらず西軍の軍勢は京にいたままであった。
春になり、我の元に政元と山名政豊(やまなまさとよ)がきた。
母、日野富子(ひのとみこ)が呼んだのである。
富子「未だ和睦にならぬ?なぜ西軍は軍勢を解かぬ?」
政豊「大内や畠山義就が戦いを求めているからにございます。」
政元「…いや義就はともかく、大内には領土安堵すれば退くのでは?前年、室町御所でそう言っておられた。」
富子「ならば……」
ようやく応仁の乱の終結が見えてきた…。
つづく…
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