世は争乱…
我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。
上御霊社(かみごりょうしゃ)から始まった応仁の乱(おうにんのらん)。
上御霊社の戦いでは山名宗全(やまなそうぜん)方の畠山義就(はたけやまよしなり)が敵対する畠山政長(はたけやままさなが)が陣取る上御霊社を攻めたのだ。
山名宗全の支援を受けた義就が政長を蹴散らし政長方は逃亡。
山名方が優勢な立場になった…しかし、細川勝元(ほそかわかつもと)方は元号が文正から応仁に変わった後の4月に反撃に出たのだ。
勝元は室町御所(むろまちごしょ)にいる父や母・日野富子(ひのとみこ)、更には土御門天皇(つちみかどてんのう)様や御花園法皇(ごはなぞのほうおう)様を保護下に起き、官軍の体裁を整え有利な立場になったのだ。
両軍は陣取る位置関係から勝元方を東軍、宗全方を西軍と呼んだ。
室町御所を押さえた東軍が有利かと思いきや、西軍は周防・長門の有力守護大名、大内政弘(おおうちまさひろ)が西国の軍勢を率い参戦。
両軍の戦いは一進一退、京の街を焼き尽くす大戦となったのだ。
この最中、我や細川政元(ほそかわまさもと)は幼少…いや赤子で何も記憶にはない。
我は西軍から東軍に担ぎ上げられて、訳の分からない状態だったらしい。
政元…幼名・聡明丸(そうめいまる)に我が初めて会ったのは乱が始まり、4年が経った1471年だ。
聡明丸の父である勝元に連れられて、我と母の前に来たのだ。
勝元「御台様(富子のこと)、本日は我が子、聡明丸に御目通り頂き誠にありがたき幸せでごさりまする。」
聡明丸「初めてお目にかかります、細川勝元が嫡男・聡明丸にごさいます。」
聡明丸は自らを嫡男と言い切り元気な子であったことを覚えている。
富子「これは頼もしい後継ぎができましたな、勝元殿。」
勝元「いや、まだまだ未熟者にごさいます。」
富子「聡明丸、春王(はるおう、義尚の幼名)と仲良くしてくだされや。」
聡明丸「はい!」
この後、我は聡明丸と遊ぶようになったのだ。しかし、遊ぶと言っても御所の中のみ。
乱は膠着状態になったとはいえ、京の街は荒れ果てていたのだ…。
つづく…
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