白の執権 こぼれ話④ | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

今回は歴史連載物語「白の執権」のこぼれ話です。4回目ですね。


コアラ本編も読んでみてね。目次はこちら⬇️




1213年に起きた和田合戦

この合戦で和田一族は滅びました。

和田塚



しかし、和田一族全てが滅んだわけではありません。


本編では登場しませんでしたが…和田義盛(わだよしもり)の孫、和田朝盛(わだとももり)は生き残りました。


コアラ朝盛さんは本編にはまったく出なかったね




和田朝盛は鎌倉幕府3代将軍・源実朝(みなとものさねとも)に近習として仕えていました。

朝盛は実朝のお気に入りの近習だったのです。


源実朝



朝盛は祖父・義盛が挙兵を決意すると、

朝盛「私は主家に弓矢は向けられない!」


と剃髪し、出家してしまいました。そして京へ出奔してしまったのです。



これを知った義盛は、

義盛「すぐ連れ戻せ!!」

と激怒しました。


義盛は朝盛が弓矢の名手で、その武勇を頼りしたとも、出奔して密事が漏れることを防ぐためと朝盛を鎌倉に連れ戻しました。


コアラでも、朝盛の出奔事件で北条義時(ほうじょうよしとき)さんは和田義盛挙兵近しと勘付いたんだよね。




和田合戦の後、朝盛は生き残ります。

和田合戦




その後に起きた承久の乱で朝盛は朝廷方につきました。

コアラ承久の乱って幕府と朝廷との戦いだね。「白の執権」では後々出てるよ。




この承久の乱で朝盛の息子の家盛(いえもり)は幕府方につき、親子は敵味方と分かれて戦ったのです。


結果、幕府方が勝ちましたが朝盛は親族の佐久間家村(さくまいえむら)の養子となっており、家盛の領地・尾張国御器所に移り住んだ…説があります。


コアラ息子の家盛さんが承久の乱の功績で尾張国御器所(今の名古屋市昭和区辺り)を恩賞で与えられたんだ。






戦国時代に織田信長(おだのぶなか)に仕えた佐久間信盛(さくまのぶもり)は朝盛の子孫のようですね。

佐久間信盛



和田朝盛、間に挟まれ翻弄された武士…といった感じを受けますね。






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