いつの時代も後継ぎで揉める | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

大河ドラマ「西郷どん」の中で、将軍・徳川家定(とくがわいえさだ)の後継ぎを誰にするか揉める将軍継承問題がありましたね。

コアラあった、あった。ひー様がいいとか、紀州の慶福(よしとみ)くんだとか揉めてたね。

ひー様(後の徳川慶喜)

徳川慶喜(後の徳川家茂)



継承問題が起きるのは他にもありました。

江戸時代で言うと、

8代将軍・徳川吉宗(とくがわよしむね)の時もそうでしたね。

吉宗

コアラ暴れん坊将軍だね〜。



この時は7代将軍・徳川家継(とくがわいえつぐ)が幼くして亡くなり、直系が途絶えました。

そこで、こんな時のために徳川家康(とくがわいえやす)が残していた徳川御三家の中から選ぶことになりました。

三家の中で尾張徳川家紀州徳川家に絞られ、最終的に紀州の吉宗に決定しました。

コアラこの辺りは大河ドラマ「八代将軍・吉宗」に出てたね。



江戸時代で起きた継承問題では戦までは発展していませんが…室町時代には戦に発展したケースがありましたね。

それが応仁の乱(おうにんのらん)。


※図はお借りしました。



足利将軍家だけでなく有力守護大名家の継承問題までからみ、大乱となりました。

コアラ大変だぁ〜




いつの時代も後継ぎの問題が揉めると…怖いことです。




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