白の執権 〜第43話 争いの兆し〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️



諸行無常の世の中…

我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。


泰時は三浦義村(みうらよしむら)の娘・優子(ゆうこ)と結婚しました。

コアラ優子って名はこの物語の創作なんだ。優子は後の矢部禅尼(やべぜんに)なんだよ。


泰時は結婚の報告のため、優子を連れ源頼家(みなもとのよりいえ)の居る大倉御所を訪れました。


頼家はあいかわらず蹴鞠に行じていました。

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頼家「おぉ、泰時!そちらが泰時の御台だな。まだ初々しいの〜」

泰時「妻の優子にございます。」

優子「お初にお目にかかります、北条泰時が妻、優子です。」

頼家「三浦の娘とか…北条は三浦と結んだわけだな。まぁ、よい。泰時、そなたも蹴鞠に入らぬか?」

泰時「……鎌倉殿、蹴鞠に行じるのもよいですが、もそっと政をせねば。鎌倉殿は我らが棟梁にございますぞ。」

頼家「わかっておるわ!されど政をさせぬは北条や三浦…御家人たちではないか!」

泰時「鎌倉殿は武士の頂点に立つもの。御家人たちの意見を組み上げるのもお役目と心得ます。お父上の頼朝(よりとも)様もそうされてました。」

コアラ頼朝さんは御家人たちの意見をよく聞いていたんだ。「富士川の戦い」で平家(へいけ)に勝ち、そのまま上洛しようとしたけど御家人たちが反対し、頼朝さんは御家人たちの意見を聞いて鎌倉に戻ったこともあるんだよ。


頼家「…父上は父上!わしにはわしのやり方があるのだ!もうよい!下がれ!」



泰時は優子と共に御所を後にしました。

優子「殿、鎌倉殿は亡き頼朝様を超えたいと焦っているのですね。」

泰時「うむ…焦ることはないのだが…」





その後も頼家様は蹴鞠に夢中になっていました。


だが、無理がたたったのか、1203年6月頃から体調を崩しがちになっていたのです。



その報せを聞いた政子(まさこ)様は頼家様を見舞いました。

しかし、頼家様は政子様の見舞いを拒絶し会おうとしませんでした。

頼家「母上はわしの死を願っているのではないか⁈ わしがいなくとも弟の千幡(せんまん)がおるから困らぬからの!」




頼家様の病状は悪化し7月には危篤状態に陥りました。

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政子様は頼家様の元へ行き、手を握り、

政子「そなたは征夷大将軍、武士の棟梁であろう!病などに負けてはなりませぬ、元気になってこの母に意見してみよ!頼家!」




しかし、頼家様の病状は平行線を辿っていました。





幕府の首脳陣は集まりこの事態の策を話し合っていました。

「二代続けて病で亡くなるとは…」
「万一の時はどうするか…」
「鎌倉殿には弟君の千幡様がおられる」
「いや、鎌倉殿の子、一幡様が後継ぎであろう」



この話し合いで強い意見をしたのが泰時の祖父、北条時政(ほうじょうときまさ)でした。

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北条時政


時政「この事態を打破するには家督継承をせねばならぬ。後継ぎは千幡様と一幡様。2人で分け合うしかあるまい。」


時政の意見が通り、千幡様は関西38ヶ国の地頭職を継承、一幡様は関東28ヶ国の地頭職並びに諸国惣守護職を継承しました。




しかし、ただ1人、この話し合いに反対の態度を示すものがいました。

頼家様の外戚、比企能員(ひきよしかず)でした…。







つづく…
コアラ次回もお楽しみに〜







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