諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
泰時は三浦義村(みうらよしむら)の娘・優子(ゆうこ)と結婚しました。
泰時は結婚の報告のため、優子を連れ源頼家(みなもとのよりいえ)の居る大倉御所を訪れました。
頼家はあいかわらず蹴鞠に行じていました。
頼家「おぉ、泰時!そちらが泰時の御台だな。まだ初々しいの〜」
泰時「妻の優子にございます。」
優子「お初にお目にかかります、北条泰時が妻、優子です。」
頼家「三浦の娘とか…北条は三浦と結んだわけだな。まぁ、よい。泰時、そなたも蹴鞠に入らぬか?」
泰時「……鎌倉殿、蹴鞠に行じるのもよいですが、もそっと政をせねば。鎌倉殿は我らが棟梁にございますぞ。」
頼家「わかっておるわ!されど政をさせぬは北条や三浦…御家人たちではないか!」
泰時「鎌倉殿は武士の頂点に立つもの。御家人たちの意見を組み上げるのもお役目と心得ます。お父上の頼朝(よりとも)様もそうされてました。」
頼家「…父上は父上!わしにはわしのやり方があるのだ!もうよい!下がれ!」
泰時は優子と共に御所を後にしました。
優子「殿、鎌倉殿は亡き頼朝様を超えたいと焦っているのですね。」
泰時「うむ…焦ることはないのだが…」
その後も頼家様は蹴鞠に夢中になっていました。
だが、無理がたたったのか、1203年6月頃から体調を崩しがちになっていたのです。
その報せを聞いた政子(まさこ)様は頼家様を見舞いました。
しかし、頼家様は政子様の見舞いを拒絶し会おうとしませんでした。
頼家「母上はわしの死を願っているのではないか⁈ わしがいなくとも弟の千幡(せんまん)がおるから困らぬからの!」
頼家様の病状は悪化し7月には危篤状態に陥りました。
政子様は頼家様の元へ行き、手を握り、
政子「そなたは征夷大将軍、武士の棟梁であろう!病などに負けてはなりませぬ、元気になってこの母に意見してみよ!頼家!」
しかし、頼家様の病状は平行線を辿っていました。
幕府の首脳陣は集まりこの事態の策を話し合っていました。
「二代続けて病で亡くなるとは…」
「万一の時はどうするか…」
「鎌倉殿には弟君の千幡様がおられる」
「いや、鎌倉殿の子、一幡様が後継ぎであろう」
この話し合いで強い意見をしたのが泰時の祖父、北条時政(ほうじょうときまさ)でした。
時政「この事態を打破するには家督継承をせねばならぬ。後継ぎは千幡様と一幡様。2人で分け合うしかあるまい。」
時政の意見が通り、千幡様は関西38ヶ国の地頭職を継承、一幡様は関東28ヶ国の地頭職並びに諸国惣守護職を継承しました。
しかし、ただ1人、この話し合いに反対の態度を示すものがいました。
頼家様の外戚、比企能員(ひきよしかず)でした…。
つづく…
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