諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1199年6月、大倉御所では政子(まさこ)様と泰時が頼家(よりいえ)様の居間に入ると、頼家様は鎧を身にまとっていました。
頼家「こっ、これは母上…」
政子「頼家、鎧を着て、どこへ行くつもりですか?」
頼家「えっ、…安達景盛(あだちかげもり)に謀反の動きがあるのでこれを討ちにまいります…。」
政子「謀反?そんな報せは聞いておりませんが…いい加減にしなさい!!」
政子「そなたの身勝手で鎌倉で戦をしようとは!」
頼家「されど景盛は普段から、わしに反抗的で…これを討たねばなりませぬ。」
政子「安達は亡き殿(源頼朝(みなもとのよりとも))に長年仕えた忠臣。それを討とうとするなら…その前にわたしを斬ってから行きなさい!!」
頼家「いやっ、それは…」
政子様の毅然とした態度で頼家様は慌てふためきました。
泰時は政子様の態度を見入ってしまうだけでした。
泰時『叔母上は凄い人だ。』
結局、頼家様は矛を収め、戦は起こりませんでした。
この騒動から1ヶ月後、病に伏していた政子様の次女、乙姫(おとひめ)様が亡くなりました。
長女、大姫(おおひめ)、頼朝様に続き乙姫様まで亡くなり政子様の悲しみはいかばかりかと思う泰時でした。
この頃、頼家様は近習以外のものと目通りを許さず、また近習のものに手を出してはならないと命じていました。
不穏な雰囲気が漂う鎌倉にも秋がきました。
泰時は鎌倉の海の風景を好み、よく足を運んでいました。
泰時が物思いにふけっていると、海辺を歩く一行が泰時の方へやって来ました。
「そのほうはどちらのお武家様じゃ?」
声をかけてきたのは10代過ぎと思われる少女でした。
泰時「わしは北条泰時だ。そなたらは?」
「わたしは優子(ゆうこ)。父は三浦義村(みうらよしむら)です。」
三浦は北条と並ぶ有力な御家人でした。
優子「海風に当たり過ぎると風邪を引きますよ。お気をつけなされ。」
泰時「ん…そうだな。」
後に泰時はこの少女を妻に迎えることになるのでした…。
つづく…
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