「白の執権」では源頼朝(みなもとのよりとも)の死まで話が進んでおります。
頼朝の最期に関して、謎が多い…
いろんな資料があり、どの資料も「相模川の橋供養の帰路の途中に病を患う」というのは一致しているようです。
その病というのが、資料によって違うんですね。
・落馬説
落馬して、その傷が元で亡くなった。なぜ落馬したかは様々な説がありますね。脳卒中などの脳の障害で落馬。
さらには落馬後、川に落ちて溺死したとの説もあります。
・亡霊説
落馬したのは源義経(みなもとのよしつね)や安徳天皇(あんとくてんのう)を亡霊を見て驚き落馬した…義経も安徳天皇も頼朝に攻められ非業の最期を迎えているので、恨みに思い、出たのかも…
・暗殺説
後に頼朝の子、頼家(よりいえ)や実朝(さねとも)は何者かに暗殺されています。
頼朝もその何者かに暗殺された⁈
頼家
実朝
怪しいのは北条氏…
頼朝の死後、鎌倉時代は北条氏が権力を握っているのを見ると、やはり北条氏が怪しい…
頼朝の死因に関しては、ネットで調べましたが…はっきりとはしないんですね。
さらに…1196年から橋供養で倒れる1198年の3年間、頼朝の動きがよくわかりませんでした。
さらに鎌倉時代の歴史書「吾妻鏡」(あずまかがみ)によると頼朝の死の記述が死後13年も後にあるようです。
やはり頼朝の死の前後、何か隠された謎があるようですね。
「白の執権」では落馬と暗殺の説を採用しました。
頼朝ほどの人物の最期があまりにも呆気なく、記述もアッサリし過ぎているのは…やはり何かありますね…
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