諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
(この時点で泰時は頼時(よりとき)と名乗っています。)
「武士の世を…泰らかな世を…」
そう言い遺して源頼朝(みなもとのよりとも)様は頼時に看取られて亡くなりました。
頼時はすぐさま、政子(まさこ)様と義時(よしとき)を呼び、事の次第を話しました。
夫を亡くした政子様は泣き崩れました。
政子「ううっ…」
頼時「叔母上…」
義時「殿は自らが暗殺されたことをご存知であったか…殿はその犯人も知っていたのであろう。」
頼時「父上…それは……」
頼時はその名前を言うか言わまいか悩みました。
政子「…我が父、時政(ときまさ)であろう。」
義時「姉上!…姉上もそう思っていましたか…」
政子「はっきりとした証拠はありませぬ。しかし、かつての富士の巻狩りで曾我兄弟(そがきょうだい)が殿の寝所を襲ったこと、此度の供養式で殿が毒を盛られたのも、父が関わりがあったと思います。」
義時「供養式に殿を招いた稲毛重成(いなげしげなり)の妻は我らの兄妹…重成に父の影響があっても不思議ではないですね。」
政子「されど父は今や伊豆、駿河、遠江の三ヶ国の守護。北条の権力は増すばかり。」
義時「今は…父に対して何もしないのが得策と?」
頼時「ほおっておくのですか⁈ 鎌倉殿を暗殺したものを!」
政子「殿も犯人を探すなと言われたでしょう。今の我らに父上に相対する力はまだ足りませぬ。」
義時「下手したら我らが殺されるかもしれん。」
頼時は祖父、時政の力をまだ理解していませんでした。
その後、義時は頼朝様の命と称し、御所の警備を強化しました。
頼時は政子様にだけ、頼朝様のもう一つの遺言を伝えました。
政子「殿はそなたに北条家を任せ、将軍を支えてほしいと生前より願っていました。」
頼時「されど私は父、義時の庶子。祖父も健在な今、私には何もできませぬ。」
政子「いずれ…殿が願ったようになります。そうせねばなりませぬ。正直、大姫(おおひめ)を亡くし、殿を亡くし…私も死にたいと思いました。」
政子「しかし、残された子供達のことを思うと…それに殿の遺言を実現せねばなりませぬ。」
政子様には頼朝様との間に大姫様の他に嫡男、頼家(よりいえ)様、千幡(せんまん、後の実朝(さねとも))様、乙姫(おとひめ、別名を三幡(さんまん))様がいました。
政子「頼時、今はいろんなことを学ぶのです。そして周りの人間をよく見るのです。それがそなたの力になっていきますよ。」
頼時「はい。かならずや殿や叔母上の期待に応えてみせます。」
頼朝様が倒れたことは鎌倉中の御家人の知るところとなりました。
亡くなったことは伏せていましたが、見舞いをしたいと申し出るものが多く、ついに政子様は頼朝様の死を公表したのです。
1199年2月、源頼朝様、死去。享年53才…
頼朝様の死が公表され、頼時は名を改めました。
頼朝様の遺言で名付けられた名、
泰時と…
つづく…
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