諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
(泰時はこの時点で頼時(よりとき)と名乗っています。)
1197年8月、源頼朝(みなもとのよりとも)様と政子(まさこ)様の娘、大姫(おおひめ)が亡くなりました。
頼時は政子様のことが心配になり、会いに行きました。
頼時「叔母上…」
政子「頼時、いかがしました?」
頼時「…あっ、私も…」
頼時も手を合わせました。
政子「ありがとう…大姫も喜んでいるでしょう。大姫は義高(よしたか)とあの世で会っていることでしょうね。」
政子「ところで…殿(頼朝様のこと)にはお会いしましたか?」
頼時「いえ…」
政子「殿は大姫が亡くなって、入内のことは諦めたと思ったのですが…」
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政子「殿、大姫と義高を一緒に葬いたいのですが…」
頼朝「…うむ、政子の思うようにするがよい。大姫のことは任せる。ところで…乙姫(おとひめ)はいくつになった?」
政子「11歳ですが、乙姫に何か?」
頼朝「入内は乙姫にしようと思うのだ。」
政子「殿!まだ入内を諦めてはないのですか⁈」
頼朝「入内の話は潰えてはおらぬ。大姫は残念だが…乙姫に引き継いでもらうのだ。」
政子「なんてことを…」
頼朝「すでに京には使いを出しておる。」
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頼時「乙姫様を入内させると⁈」
政子「そうなのです。殿は朝廷に入り込むことを諦めてないのです。」
頼時「なぜ鎌倉殿はそこまで朝廷にこだわるのでしょうか?」
政子「真意はわかりませぬが…やはり殿は京に未練があるのかもしれませぬ…。」
1198年になり、頼朝様に驚く報せが京から入りました。
後鳥羽天皇(ごとばてんのう)様が譲位し、わずか3歳の為仁(ためひと)様が践祚したのです。
土御門天皇(つちみかどてんのう)の誕生でした。
土御門天皇の母は京で頼朝様が入内工作のために金品を贈った相手、土御門通親(つちみかどみちちか)の養女でした。
頼朝「これでは通親の力が増すばかりではないか!」
頼朝様は朝廷との繋がりを再び九条兼実(くじょうかねざね)に頼ることにしたのです。
頼朝様が入内工作に躍起になっている様子を冷ややかな目で見ている一味がいました。
「鎌倉殿はまだ朝廷にこだわっておるのか?」
「大姫の死で諦めたと思っていたが…」
「平家(へいけ)のように貴族になりたいのか?」
「……もはや、頼朝様はこれまでだな!」
その一味はついに動きだしたのです…。
つづく…
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