諸行無常の世の中…
我は北条泰時(ほうじょうやすとき)が妹、竹子(たけこ)です。
1190年12月、源頼朝(みなもとのよりとも)様らは鎌倉へ帰還しました。
我が父・北条義時(ほうじょうよしとき)も金剛(こんごう、泰時の幼名)も久しぶりの鎌倉に安心していたようです。
出迎えには政子(まさこ)様や、我や金剛の祖父・北条時政(ほうじょうときまさ)、そして御家人たちの家族がいました。
その中に一際目立つ美しい女性がいました。
比企朝宗(ひきともむね)の娘・姫の前(ひめのまえ)でした。
金剛「叔母上、お祖父さま、ただいま戻りました。」
政子「おぉ、金剛、よく無事で戻りました。京はどうでしたか?」
金剛「話したいことが山ほどあります。」
金剛の様子を政子様は目を細めて見ていました。
その時、義時は姫の前に見とれていたのです。
時政「これ、義時。いかが致した?」
義時「…はっ、これは…。ただいま戻りました。父上。」
時政「義時は姫の前に気があるようだな?」
義時「なっ、何を言われます!」
義時は顔を赤らめていました。
鎌倉に帰還した頼朝様は京で1度は受けた右近衛大将の肩書きを利用し組織作りを始めました。
ある日、政所(まんどころ)で御家人らがある文書を見て騒いでいました。
その文書には「前右大将家政所外文」と大江広元(おおえのひろもと)の署名が書かれてあったのです。
「なんだ、これは⁈」
「大江広元の署名など有難くないわ!」
「我らは頼朝様にお仕えしているのだ!」
「頼朝様直々の花押がなければ安心できん!」
御家人たちは不満でした。そこへ頼朝様が現れたのです。
頼朝「どうやら新しい文書の形式が不満のようだな。」
御家人「当たり前です。我らは広元に仕えているわけではありませぬ。」
頼朝「皆、頭を切り替えてくれ。これからは頼朝個人が政(まつりごと)を行なうのではなく、我ら武士が組織となって取り仕切るのだ。」
御家人「しかし…」
頼朝「これは我ら武士の世のためなのだぞ!しっかりした組織がなければ武士の世は続かぬ!」
頼朝様は自らの死後も武士の世が続くための組織変えていったのです。
金剛はこの話を政子様から聞きました。
金剛「殿は素晴らしい。なぜ右近衛大将をすぐ辞めるのか、わかりませんしたが…組織のためだったのですね。」
政子「そうです。右近衛大将の肩書きを利用するなど殿らしい考えです。」
金剛「殿はまさに東国、いや鎌倉の象徴。これからは鎌倉殿(かまくらどの)とお呼びします。」
政子「鎌倉殿…いい呼び名ですね。」
鎌倉殿、これがこの先の鎌倉の棟梁の呼び名となったのです。
その頃、義時は姫の前のことを考えてばかりいました。
そして姫の前に宛てた恋文を書いていたのです…。
つづく…
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