新たな外人レスラーを求めて | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

今回より1985年のプロレスを語ります。

コアラおぉ〜、1985年はどんなことがあったかなぁ?



前年に大量の所属レスラーを失った新日本プロレス

新たな年の最初のシリーズ「新春闘魂シリーズ」に来日したのが、


キングコング・バンディ

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コアラキングコングっていうよりタコじゃん🐙ってコラーッ!


キングコング・バンディはこれが初来日。アメリカでは鉄の爪、フリッツ・フォン・エリックの引退試合の相手でした。さらにアメリカで馬場さんの持つPWFヘビー級王座に挑戦したこともあます。


新日本プロレスでは猪木さんとシングルマッチ2連戦、しかも1万5千$争奪ボディスラムマッチを行なったのです。


ボディスラムマッチは勝敗に関係なくボディスラムで相手を投げた方が1万5千$を獲得できるのです。


コアラえ〜、バンディって体重が170㌔あって有利だね。



初戦は両者ボディスラムを決められず、猪木さんのリングアウト勝ちでした。


さて2戦目!


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猪木さんはボディスラムをかけてきたら投げられまいとバンディの首に足をからめるフライングヘッドシザースで逃れていました。


しかし、バンディがラリアットを決めた後!

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ついにボディスラムを決めたのです。


しかし、喜ぶバンディに猪木さんは延髄蹴りを決めフォール勝ちしました。


コアラ??バンディはボディスラムを決めたけど勝負は猪木さんが勝ち…わけわかんないや




1万5千$はバンディのものになりましたが試合自体は猪木さんの勝利でした。




新日本プロレスは新たな外人レスラーをこのキングコングバンディだけじゃなく、この後も次々と来日させました。

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ハクソー・ヒギンズ

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ビリージャック・ヘインズ

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コンガ・ザ・バーバリアン



新日本プロレスとしては長州前田らを失い、外人レスラーに頼るしかなかったのです。

頼みのハルク・ホーガンはWWF(現在のWWE)のチャンピオンになり頻繁に来日できず、新たな外人レスラーを求めていたのだと思います。

コアラそうかぁ、新しい刺激を求めていたんだね。




しかし、その刺激は3月にどエライ形で実現することになりますが、それは後ほど…




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