世は群雄割拠の戦国時代。
わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。
1565年、関宿城(せきやどじょう)から撤退し小田原城(おだわらじょう)に戻ったわしを綱成(つなしげ)が待っていました。
綱成「大殿、足を引きずっておられますが…戦で負傷されたのですか?」
氏康「いや、負傷ではないが…足が痺れる感じなのだ。もう大事ない。」
綱成「医師に診て頂きましょう。念のためでございます。」
わしは医師に診てもらいましたが、その時は痺れは治まっており大事はありませんでした。
氏康「大事なかったな。」
綱成「安心しました。疲れが出たのでしょう。」
その時、小太郎(こたろう)から報せが入りました。
小太郎「大殿、武田(たけだ)で一大事でございます。信玄(しんげん)公が自らの嫡男、義信(よしのぶ)殿を幽閉しました。」
氏康「なに⁉︎ いかなることじゃ?」
小太郎「義信殿が謀反を企だてたとのことです。」
綱成「義信殿の正室は今川氏真(いまがわうじさね)様の妹君…これは今川と武田の間に亀裂が生じることになるのでは?」
氏康「まだわからぬが…それはありうる。信玄は義元(よしもと)亡き後の今川を狙っているのかもしれん。」
今川氏真です。我が妹の夫・義信を幽閉するとは信玄め〜!
氏康「小太郎、武田と今川から目を離すな。随時報せよ。」
小太郎「はっ!」
綱成「同盟が崩れるとなると、関東の状況も変わってきます。」
氏康「うむ。武田は甲斐、信濃から海に出たいと思っているのだろう。甲斐、信濃は海がないからの。」
綱成「武田……。」
綱成は実父を武田に討たれており、思うところがあるようでした。
この1565年、京では将軍・足利義輝(あしかがよしてる)が松永久秀(まつながひさひで)や三好(みよし)三人衆らに討たれたのです。
この頃、北条には武蔵国の成田氏(なりたし)を始めとする関東の諸豪族が服従してきており、上杉に対して有利になってきました。
さらに上杉氏の家臣・北条高広(きたじょうたかひろ)を北条に寝返らせることに成功し、上杉を大幅な撤退に追いやりました。
1567年、わしは長年の敵・里見(さとみ)攻略を我が息子らに任せることにしたのです。
同じ頃、綱成は別の動きをしていました…。
つづく…
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