八幡の武将 〜同盟崩壊の兆し〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️



世は群雄割拠の戦国時代

わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。




1565年、関宿城(せきやどじょう)から撤退し小田原城(おだわらじょう)に戻ったわしを綱成(つなしげ)が待っていました。


コアラこの時の関宿城の戦いは上杉氏(うえすぎし)や佐竹氏(さたけし)の援軍がきて北条は撤退したんだよね。




綱成「大殿、足を引きずっておられますが…戦で負傷されたのですか?」

氏康「いや、負傷ではないが…足が痺れる感じなのだ。もう大事ない。」


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綱成「医師に診て頂きましょう。念のためでございます。」




わしは医師に診てもらいましたが、その時は痺れは治まっており大事はありませんでした。


氏康「大事なかったな。」

綱成「安心しました。疲れが出たのでしょう。」


その時、小太郎(こたろう)から報せが入りました。

コアラ3代目の小太郎だね。



小太郎「大殿、武田(たけだ)で一大事でございます。信玄(しんげん)公が自らの嫡男、義信(よしのぶ)殿を幽閉しました。」

氏康「なに⁉︎ いかなることじゃ?」

小太郎「義信殿が謀反を企だてたとのことです。」


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武田義信が幽閉された東光寺(山梨県甲府市)



綱成「義信殿の正室は今川氏真(いまがわうじさね)様の妹君…これは今川と武田の間に亀裂が生じることになるのでは?」

氏康「まだわからぬが…それはありうる。信玄は義元(よしもと)亡き後の今川を狙っているのかもしれん。」


コアラ今川、武田、北条は同盟を結んでいるんだよね。甲相駿三国同盟(こうそうすんさんごくどうめい)だね。


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今川氏真です。我が妹の夫・義信を幽閉するとは信玄め〜!


氏康「小太郎、武田と今川から目を離すな。随時報せよ。」

小太郎「はっ!」

綱成「同盟が崩れるとなると、関東の状況も変わってきます。」

氏康「うむ。武田は甲斐、信濃から海に出たいと思っているのだろう。甲斐、信濃は海がないからの。」

綱成「武田……。」


綱成は実父を武田に討たれており、思うところがあるようでした。




この1565年、京では将軍・足利義輝(あしかがよしてる)が松永久秀(まつながひさひで)や三好(みよし)三人衆らに討たれたのです。

コアラ三好三人衆って三好氏を支えた3人、三好長逸(みよしながやす)、三好政康(みよしまさやす)、岩成友通(いわなりともみち)のことだよ。松永久秀さんも三好三人衆も三好氏の有力家臣なのに将軍を討ったんだ。まさに下剋上だね。




この頃、北条には武蔵国の成田氏(なりたし)を始めとする関東の諸豪族が服従してきており、上杉に対して有利になってきました。

さらに上杉氏の家臣・北条高広(きたじょうたかひろ)を北条に寝返らせることに成功し、上杉を大幅な撤退に追いやりました。





1567年、わしは長年の敵・里見(さとみ)攻略を我が息子らに任せることにしたのです。



同じ頃、綱成は別の動きをしていました…。










つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜








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