世は群雄割拠の戦国時代。
わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。
1545年、我が北条は河東の地で今川(いまがわ)、武田(たけだ)と争っている間に武蔵国で山内上杉家(やまのうちうえすぎけ)、扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)、古河公方(こがくぼう)の足利氏(あしかがし)の連合軍が挙兵し綱成(つなしげ)のいる河越城(かわごえじょう)を囲まれ、北条は絶対絶命でした。
北条は窮地に立たされました。
氏康「くっ、綱成を助けに行きたいが、今川・武田に背を向けては危ない…。」
そこへ家臣の清水吉政(しみずよしまさ)が慌てて入ってきました。
吉政「殿!!武田が今川との和睦の仲介をしたいと申し出てきました!」
氏康「何⁈ 武田は今川方に付いたのではないのか?何故…。」
吉政「これは当主の武田晴信(たけだはるのぶ)からの申し出てですぞ。」
氏康「武田としては山内上杉家に力を持ってほしくないのだ。それゆえ、上杉を敵とする我が北条と同盟を結んだ……同盟は生きていたのだな。晴信め、北条に貸しを作っておくつもりか!」
わしはこの窮地を脱するために武田の申し出てを受けることにしました。
その頃、河越城は両上杉、古河公方連合軍八万に囲まれていました。
山内上杉家の当主は上杉憲政(うえすぎのりまさ)でした。
憲政「わはっはっは、関東管領のわしが声をかければ、八万の兵などたやすく集められるわ!北条め、流れ者のくせに由緒ある上杉の領地を侵し寄って!!」
憲政の家臣「殿!城を攻めますか⁈」
憲政「まぁ慌てることはない。今川が氏康を攻めてボロボロになってからでも遅くはあるまい。我が軍の勝利は間違いないのだ。前祝いで酒宴を開くぞ。」
一方、河越城の綱成は戦がいつ始まってもいいように備えていたのです。
綱成「我らには八幡大菩薩がついておる。氏康様が救援に来るまで耐えるのだ!負けるものか!」
わしは武田の仲介で今川との和睦に応じ、叔父の長綱(ながつな)が守る長久保城(ながくぼじょう)を明け渡しました。
氏康「ここは致し方あるまい。よし、西の方からは攻められることは無くなった。河越城へ向かうぞ!!」
わしは兵を率い河越城へ向かったのです。しかし、その兵の数は八千でした…。
つづく…
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