世は群雄割拠の戦国時代。
わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。
父・氏綱(うじつな)の小姓となり仕えるようになった勝千代(かつちよ)は幼いながらもよく働いていました。
氏綱の居間の掃除、馬の世話、飯の支度…自ら進んで何でも行なっていたのです。
この頃、氏綱は武蔵国の攻略を進めていたのです。
1523年には武蔵国の西部・南部の国人衆が北条氏に従えるようになりました。
これに危機感を感じていたのが扇谷上杉家(おうぎがやつうえすぎけ)の上杉朝興(うえすぎともおき)でした。
1524年、氏綱は扇谷上杉家の家臣で江戸城(えどじょう)の城代の太田資高(おおたすけたか)を寝返らせたのです。
氏綱「小太郎(こたろう)、資高は我が方に付くか?」
小太郎「資高は祖父を扇谷上杉に殺されています。その恨みを忘れていないようで、こちらの話にすぐ乗りましたぞ。」
あと…小太郎が出たね。小太郎は早雲さんに仕えていた小太郎の子で2代目の風魔の忍びの頭領なんだ。
その後、氏綱率いる北条軍は武蔵国に侵攻を開始、扇谷上杉朝興も北条軍を迎撃すべく出陣しました。
そして両軍は武蔵国の高輪原(たかなかわはら)で激突したのです。
この戦いで北条軍が押し扇谷上杉家の軍は江戸城へ撤退しました。
しかし江戸城も北条軍が攻め、扇谷上杉朝興は河越城(かわごえじょう)に逃走したのです。
この高輪原の戦いは北条軍の勝利に終わりました。
その後、扇谷上杉家は関東管領・山内上杉家(やまのうちうえすぎけ)の支援を受け態勢を立て直すと北条軍と一進一退の攻防が続いたのです。
氏綱「朝興め、やりおるな…。」
小太郎「氏綱様、大変です!甲斐国の武田信虎(たけだのぶとら)が扇谷上杉家と結びました。」
氏綱「何⁈ 武田が出てきたのか⁈」
甲斐の武田信虎、勝千代にとって父・福島正成(くしままさしげ)の仇でした…。
つづく…


