八幡の武将 〜落ち延びた少年〜 | 歴史を感じよう

歴史を感じよう

日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️




世は群雄割拠の戦国時代


わしは北条氏康(ほうじょううじやす)です。


1521年、小田原城(おだわらじょう)に2人の少年と家臣であろう武士が我が父・氏綱(うじつな)を訪ねてきました。

コアラこの時、氏康さんはまだ6歳で伊豆千代丸(いずちよまる)と名乗っていたんだ。北条氏の当主は2代目の氏綱さんなんだよ。


家臣であろう武士は負傷をしておりました。その武士は書状を持参していました。

氏綱は3人に会い、書状を受け取りました。


氏綱「これは…今川氏(いまがわし)の家臣・福島正成(くしままさしげ)からの書状。」


家臣であろう武士が話出します。

「私は福島正成様の家臣・浅田三郎(あさださぶろう)と申します。これは…。」


この時、1人の少年が口を開きました。

「我は福島正成の長男、勝千代(かつちよ)でございます。これは我が弟、弁千代(べんちよ)です。」


この少年・勝千代がこの物語の主人公で後の北条綱成(ほうじょうつなしげ)なのです。




氏綱「おぉ、幼少ながら立派な物言いじゃ。書状によると福島は己の身に何かあった時は2人の子を保護してほしいとある。福島はいかがした?」

三郎「正成様は甲斐国の武田信虎(たけだのぶとら)と飯田河原で戦い…討死しました。私は正成様の命で2人のお子をお連れしたのです。」


{421B05EF-4CE9-4A6F-9B86-AF47E0DF4712}
武田信虎じゃ!


コアラ武田信虎さんって武田信玄(たけだしんげん)さんのお父さんだね。信虎さんと福島正成さんとの戦いを「飯田河原の戦い(いいだがわらのたたかい)って言うんだよ。


{84F71C5E-27D9-4FC0-9E3B-DCF656672DEE}
飯田河原古戦場跡



氏綱「福島は死んだか…しかし今川にはなぜ戻らんのだ?」

三郎「正成様は今川氏の当主・氏親(うじちか)様と対立し、此度の戦は正成様の独断で出陣したのです。」


{8FD43A3C-1E0B-4AA0-8205-D8FD91B6AA40}
今川氏親


氏綱「戦に負けた今、氏親殿には頼れぬわけだな…。」

三郎「うっ…」

バタッ


三郎が血を吐き、その場に倒れたのです。


勝千代「三郎!三郎!」

三郎「勝千代様、この負傷ではもう…駄目です。」

勝千代「死んではならん!生きるのじゃ!」 


勝千代は涙を流し三郎の手を握りました。

三郎「氏綱様…お2人を、お頼み致します…。勝千代様、泣いてはなりませぬぞ、強く…生きてくだされ……。」


そう言うと、三郎は生き絶えたのです。



勝千代「三郎!!!」 






氏綱は勝千代の家臣に対する思いを見て、勝千代と弁千代の兄弟を北条氏で保護することを決めたのでした…。












つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜