民の御館様 〜大道寺、決死の出陣〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は伊勢早雲(いせそううん)と名乗っています。)




1510年、扇谷上杉朝良(おうぎがやつうえすぎともよし)殿の軍に権現山城を落とされ、忍びの新次郎(しんじろう)を失った早雲がいる住吉城に朝良方の三浦道寸(みうらどうすん)殿の軍が迫っていました。

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コアラ道寸さんは扇谷上杉家の傘下だったんだ。相模国平定を目指す早雲さんにとって道寸さんは避けてることのできない存在なんだ。



早雲は体調を崩し、戦に出る状態ではありませんでした。

小太郎(こたろう)「御館様、今の身体じゃ戦うのは無理だよ。一旦、退こう。」

早雲「されど、敵は間近…。」


そこへ家臣の大道寺重時(だいどうじしげとき)が入ってきました。

コアラ重時さんは伊勢国で誓い合った6人の武士の1人だね。早雲さんが大名になったから、家臣になったんだよ。


重時「御館様、わしが三浦の進軍を止めます。その間、御館様は小田原城まで退いてくだされ。」

早雲「…命を失うことになるかもしれんぞ。」

重時「構いませぬ。御館様が生きていれば、体制を立て直して必ず三浦を倒し相模国を平定するはず。わしらの民の国を築いてくれるはず。わしは本望です。」

早雲「重時、すまぬ。精一杯戦うのだぞ。」



重時は手勢を率い道寸殿の軍と戦うべく出陣し、早雲は小田原城へ向かいました。




重時は道寸殿の軍勢をくい止めるため、柵を立て矢を放ち続けました。

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道寸「おのれ〜!兵の数では我が軍勢が優っておる!攻めろ!進め!!」



重時は決死に戦いましたが、多勢に無勢、道寸殿の軍勢に柵を破られました。

しかし、早雲らの軍勢を小田原城に逃がすには充分な時間だったのです。


重時「よし!皆、よく持ちこたえたぞ!三浦の兵を1人でも多く斬り倒せ!!我らが望みは御館様が必ず叶えてくれるぞ!」


重時は兵を鼓舞し、自らも突撃したのです。


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重時はよく戦いましたが、槍を体中に受け、ついに討死したのでした。

重時「…御館様、民の国を……。」












つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜