民の御館様 〜明応地震〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は伊勢早雲(いせそううん)と名乗っています。)



1495年、大地震に襲われました。



コアラ室町時代に書かれた『鎌倉大日記』によると1495年9月に地震が起き、鎌倉の由比ヶ浜に津波が襲って鎌倉の大仏殿が壊されたんだ。


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鎌倉の大仏です。私が置かれた大仏殿が壊れてしまいました。



伊豆国も被害に遭いました。

早雲は領内のことを心配し、すぐさま動きました。


早雲「小太郎(こたろう)!配下の者で領内の状況をすぐ調べるのだ。そして、無事な国人と協力して民を安全な場所を見つけて避難させてくれ。」

小太郎「承知!!」

早雲「新次郎(しんじろう)はけが人の看護の手配をしてくれ。」

新次郎「任しといて!」



早雲は他の家臣にも指示を出し、自らは避難場所に集まった民の為に粥を用意しました。


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かつて京で起こった寛正の大飢饉(かんしょうのだいききん)で早雲は飢えた民の為に施し粥を行なった経験が活きていたのです。



避難してきた民は早雲に感謝していました。

「御館様、ありがとうございます。」
「けが人も助けてくれて…さすが我らが御館様!」


早雲「皆、地震が治まるまで避難しているのだぞ。」




ようやく地震が治まり、早雲は領内を見回りました。


早雲「これは…ひどい。」

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あちこちで建物は壊れ、山は崩れて、田畑は荒れていました。




しかし、早雲の領内の国人、民は、

「御館様、皆で立て直しましょう。」
「わしは御館様のおかげで助かりました。田畑はまた作ればいいんです。」


皆、前向きに領内を立て直そうと頑張ったのです。



早雲は自らも先頭に立ち領内の立て直しに動いたのです。



そんな中、早雲はある民の1人から相談を受けたのです。

その民は茂吉(もきち)と言いました。

茂吉から出た話は伊豆国の隣りの相模国のことでした…。











つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜