私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は最初は伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)と名乗っています。)
盛時が今川氏(いまがわし)の家督争いを調停し京へ向かっている頃、京では応仁の乱が終息に向かっていました。
1477年に西軍の畠山義就(はたけやまよしなり)殿が河内国へ下向、さらに12月には同じく西軍の大内政弘(おおうちまさひろ)殿をはじめとする諸大名らが撤収、西軍は事実上解体となり京での戦闘は収束しました。
西軍が解体、撤収してから9日後、幕府によって天下静謐(てんかせいひつ)の祝宴が催されました。
そんな中、盛時が京へ帰ってきました。
盛時と家臣となった小太郎(こたろう)久々に京を見ました。
盛時「戦は終わったが…京の街は焼け野原だ。」
小太郎「これが京の街…。」
盛時「我らの役目は重大だ。京を再建せねば。」
盛時は父・盛定(もりさだ)のいる館へ行きました。
しかし盛定は病を患い床についていました。
盛時「父上、只今帰りました。…お身体はいかがですか?」
盛定「大事ないわ。今川の家督のこと、既に桃から早馬の報せで聞いておる。盛時、よくやったぞ。」
盛時「いえ。幕府の威光によるものです。」
盛定「それを上手く利用したのは、そなたの力だ。既に義政(よしまさ)様に龍王丸(たつおうまる)家督相続のお許しを得るよう、申し次ぎをしておる。」
盛定「盛時、そなたが龍王丸の家督相続のお許しの御内書をもらってまいれ…ゴホッゴホッ。」
盛時「父上!大丈夫ですか⁈ 」
盛定「…わしも老いた。盛時、わしは義政様の申次の職は退いた。後はそなたに任せたい。よいな?」
盛時「父上、ゆっくり養生してくだされ。」
盛定「うむ。では頼むぞ…。」
翌日、盛時は義政様のいる小川御所に向かいました。
盛時は義政様に会うのは応仁の乱の最中で意見をした時以来でした…。
義政「盛時、久しいの。」
つづく…

