民の御館様 〜世捨て人〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

前回まではこちら⬇️


私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は最初は伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)と名乗っています。)


将軍職を退いた足利義政(あしかがよしまさ)様は小河に建設した新邸に移り、趣味の庭園造りに没頭したり酒宴を開いたりしていました。



「京の街が焼け野原になっているのに…、意見を申し上げねば!」

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盛時は義政様の行動に怒り心頭でした。この頃、盛時の父・盛定(もりさだ)は病がちになり将軍申次職を退きました。


その盛定の助力で盛時は義政様の元へ行きました。


義政「盛定の息子であったな。いかがいたした?」

盛時「義政様、今の京の状況は酷いものです。辺り一面焼け野原、焼き出された民は行くあてもなく…。」

義政「わしはもう将軍ではない。将軍に言えばよいだろう。」


コアラこの頃の将軍は義政さんの子、足利義尚(あしかがよしひさ)さんだけど、まだ10歳にも満たない幼少なんだ。


盛時「恐れながら…義尚様はまだ幼少。義政様が動かねば何も変わりません。」

義政「…わしには何もできぬ。わしも将軍になった頃は世を良くしようと尽力したが、周りは己れの欲のためしか、わしを利用しなかった。守護大名らも、側近も、我が妻も…。」

盛時「しかし…。」

義政「もうよい!わしはそんな話、聞きたくないわ!下がれ!」


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足利義政じゃ。もう世のことは知らん!


盛時はただ呆れるしかありませんでした。


この次第を聞いた盛定は言いました。

盛定「義政様はもう世を捨てておる。お若い頃はああではなかったのた。今のそなたのようにやる気になっておったが…。」

盛時「この先、幼少の将軍様では戦は終わらず世は治りません。」

盛定「将軍・義尚様には義尚様の母、日野富子(ひのとみこ)様が付いておられる。仕切られるのは富子様であろう。」


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富子です。我が子を支え幕府を立て直します。





しかし、応仁の乱は終わらず…時は流れました。



そして1476年、盛時にとって一大事件が起きます。



盛時の義弟、駿河国の守護大名・今川義忠(いまがわよしただ)殿が死んだのでした…。










つづく…
コアラ次回をお楽しみに〜