私は北条早雲(ほうじょうそううん)の子・幻庵(げんあん)です。
(早雲は最初は伊勢新九郎盛時(いせしんくろうもりとき)と名乗っています。)
1473年、応仁の乱は膠着状態になっていましたが、東軍の指揮官・細川勝元(ほそかわかつもと)殿と西軍の指揮官・山名宗全(やまなそうぜん)殿が相次いで亡くなりました。
両軍の指揮官は前年より乱の終結の道を探っていたらしく和議の話し合いをしていたのです。
しかし、畠山氏(はたけやまし)や斯波氏(しばし)ら周囲の武家がそれを望まず物別れに終わっていたのです。
盛時は呆れていました。
「こんな戦、いつまで続けるつもりなのだ!」
そんな盛時に嬉しい報せが入ってきました。
駿河国の守護大名・今川義忠(いまがわよしただ)殿に嫁いだ盛時の妹・桃が男子を生んだのです。
盛時「桃がやりおったな。今川殿も喜んでいるであろう。」
家臣「はい。報せによると、とてもお喜びとの様子です。」
盛時「子の名は?」
家臣「龍王丸(たつおうまる)様と名付けたそうにございます。」
1473年12月、将軍・足利義政(あしかがよしまさ)様は正室・日野富子(ひのとみこ)様との間に生まれた春王(はるおう)様に将軍を譲ったのです。
この時、春王様はわずか8歳でした。
春王様は元服し名を足利義尚(あしかがよしひさ)様としました。
ここに室町幕府第9代将軍が誕生したのです。
様々なことのあった1473年でした。
その後、将軍・義尚様の母・日野富子様の権力は拡大し、前将軍の義政様は趣味の世界に没頭していったのです…。
つづく…


