私、足利義満の娘・智子です。
1440年、関東で始まった亡き足利持氏殿の残党が起こした結城合戦は長期化していました。
幕府方の退軍は結城氏朝殿らが籠る結城城を包囲しています。
私は幕府方の上杉憲実殿の陣中にいました。
そんな中、兄・義教の命で一色義貫殿、土岐持頼殿が殺害されたと報せが入りました。
これも義教が意に沿わぬ守護大名を粛清し思うように家督を干渉した形となりました。
この報せを聞いた憲実殿が言いました。
憲実「やはり将軍は恐ろしいお方です。守護大名だけでなく全てのものが恐怖に震えています。」
私「恐怖…まさに万人恐怖。」
私は満済殿が残した言葉を思い出していました。
「恐怖では人心はついてこない…必ず反動がくる。」
1441年となり義教は以前より京を出奔し九州に逃亡していた異母弟の義昭を九州の島津氏に命じ討ちました。
義昭は義教に怯えて出奔したとも言われました。
結城城に籠城した結城氏朝殿らは幕府方の兵糧攻めに耐えていましたが、ついに陥落の時を迎えました。
氏朝殿は持氏殿の遺児・春王丸、安王丸を女装させ逃がそうとしましたが…幕府方にあっさり見つかり2人は捕らえられたのです。
そして結城城は陥落し、氏朝殿は討たれました。
憲実殿は陥落した結城城を見ていました。私はその姿はとても悲しそうに感じました。
憲実「これで私は政には2度と関わりません。対立したとはいえ、持氏様は我が主君。しかし私のしたことの罪は大きい…」
憲実殿は再び隠遁し、自らの子らも出家させ政から手を引きました。
結城城陥落後、捕らえられた春王丸、安王丸は京へ送られましたが…。
つづく…

