俺らは義満の子 〜永享の乱〜 | 歴史を感じよう

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日本史について感じたこと、調べたことを連載形式で書いていきます。また、神社やお寺、史跡巡りしたこと、プロレスについても書いていきます。わが愛犬てんのことも語っていきます。そして…「オイラ、えいたろうの相棒のコアラだよ。是非読んでね。」

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私、足利義満の娘・智子です。


1438年、ついに関東で戦が始まりました。

鎌倉公方・足利持氏殿が関東管領・上杉憲実殿を討つため挙兵したのです。

持氏殿は武蔵国府中の高安寺に陣を引いたそうです。

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高安寺

コアラ高安寺は室町幕府、初代将軍・足利尊氏さんが開基なんだよ。


私は関東へ行こうとしましたが、先に行った間者の小百合から報せが入り、それは憲実殿が幕府に救援を求めるものでした。



これを聞いた兄・義教は待ってましたとばかりの態度でした。

義教「今川、小笠原に出陣するように伝えよ!さらに幕府の軍も関東に進軍させよ!」


関東に大軍が入り持氏殿の軍と対することになったのです。




さらに義教は内密に朝廷から持氏殿討伐の「治罰の綸旨」と「錦の御旗」を頂いていました。

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錦の御旗


「治罰の綸旨」を頂くのは父・義満以来のことでした。

コアラ治罰の綸旨って「逆賊を処罰せよ」との天皇さんの命令なんだ。ずっと出てなかったのに、この時に治罰の綸旨が出たのは幕府の権威が低下したってことかなぁ。




私は義教に関東へ行くことを止められました。

義教「智子、今は危険だ。先に行った小百合に任せておくのだ。それに戦はすぐ終わるだろう。」

私「戦がすぐ終わる⁈ 始まったばかりなのに?」

義教「幕府の軍、今川、小笠原の軍、憲実の軍も含む大軍が攻めるのだ。持氏は逃げる隙間もあるまい。」





まさに逃げる隙間もない大軍の攻めに持氏殿の軍からは寝返るものまで出てきました。

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コアラこの戦を時の元号から永享の乱って言うんだよ。




持氏殿の軍は劣勢となり鎌倉へ落ちようとしましたが、その途中で憲実殿の家臣の軍に会い、ついに降伏しました…。











つづく…
コアラ次回もお楽しみに~バイバイ