私、足利義満の娘・智子です。
1438年、ついに関東で戦が始まりました。
鎌倉公方・足利持氏殿が関東管領・上杉憲実殿を討つため挙兵したのです。
持氏殿は武蔵国府中の高安寺に陣を引いたそうです。
私は関東へ行こうとしましたが、先に行った間者の小百合から報せが入り、それは憲実殿が幕府に救援を求めるものでした。
これを聞いた兄・義教は待ってましたとばかりの態度でした。
義教「今川、小笠原に出陣するように伝えよ!さらに幕府の軍も関東に進軍させよ!」
関東に大軍が入り持氏殿の軍と対することになったのです。
さらに義教は内密に朝廷から持氏殿討伐の「治罰の綸旨」と「錦の御旗」を頂いていました。
「治罰の綸旨」を頂くのは父・義満以来のことでした。
私は義教に関東へ行くことを止められました。
義教「智子、今は危険だ。先に行った小百合に任せておくのだ。それに戦はすぐ終わるだろう。」
私「戦がすぐ終わる⁈ 始まったばかりなのに?」
義教「幕府の軍、今川、小笠原の軍、憲実の軍も含む大軍が攻めるのだ。持氏は逃げる隙間もあるまい。」
まさに逃げる隙間もない大軍の攻めに持氏殿の軍からは寝返るものまで出てきました。
持氏殿の軍は劣勢となり鎌倉へ落ちようとしましたが、その途中で憲実殿の家臣の軍に会い、ついに降伏しました…。
つづく…


