私、足利義満の娘・智子です。
兄・義教に反抗する僧らが抗議のため、自らの身体に火をつけ、比叡山延暦寺の根本中堂が炎上しました。
義教は延暦寺の反抗勢力が攻めてくると読んでいましたが…私は義教の元へ駆けつけました。
義教は冷静に燃える延暦寺を見ていました。
義教「智子、これで延暦寺を抑えることができたぞ。」
私「しかし延暦寺を討伐することにはなりませんでした。」
義教「結果は同じだ。延暦寺の反抗勢力は自ら滅びを選んだのだ。」
義教はこの流れも予想していたのでしょう。様々な流れを義教は読んでいたのです。
私「根本中堂が燃えたことを知れば世間は騒然となるでしょう。」
義教「構わん。噂が流れば、わしはますます悪く言われるだろう。恐怖で政をしているのだ。仕方あるまい。」
義教は自らを恐怖と評し、それに邁進していました。
根本中堂が燃えたことの噂を流したものを斬るよう命を出し、ますます恐怖を増していったのです。
延暦寺炎上から3ヶ月後、私は義教とともに満済殿の元へ行きました。
満済殿は重い病に罹っていたのです。
満済「御所様、智子様、こんなところまでお出で頂き申し訳ございません。」
義教「何を言う。満済はわしを支えてくれた恩人。見舞いは当然のことだぞ。また満済のお小言が聞きたいのだ。」
満済「御所様…此度の延暦寺の騒然で延暦寺を抑えました。この後、どうされるおつもりですか?」
義教「わしが斬った4人の山門使節の僧らに変わり、親しい僧らを山門使節に就かせた。さらに根本中堂は再建するぞ。」
満済「それはよいお考えにござります。御所様、満済の最後のお小言ですが…恐怖だけでは人心はついてきません。恐怖だけでは人は恐れるだけでなく恐怖から逃れようとしてきます。どんな手段を使っても…。」
満済殿はそう言うと咳き込みます。話するのも辛い状態でした。
義教「満済、わかった。ただ最後のお小言ではないぞ。まだまだ生きてもらわねばならん。」
満済「御所様、ありがとうございます。」
義教は先に帰り、私は満済殿の居館に残りました。
満済「智子様、もう私は長くはありませぬ。御所様もおわかりなのでしょう。」
私「何を気弱なことを言われますか。」
満済「これからは智子様が頼りです。恐怖ばかりでは必ず反動がきます。私はそれが心配なのです。」
私「安心してください。今はお身体を大切になさってください。」
しかし1435年7月、満済殿は逝ってしまいました。
同じ年に山名時熙殿も亡くなり、義教の恐怖を抑える幕府首脳部はいなくなりました…。
つづく…
