私、足利義満の娘・智子です。
兄・義教は延暦寺と再び和睦しましたが、延暦寺と鎌倉公方・持氏殿との関して驚くべき報せを間者の小百合が持ってきました。
小百合「智子様、鎌倉の持氏様はやはり義教様の呪詛を行なっていました。」
私「噂は本当だったのですね。」
小百合「それだけではありませぬ。延暦寺の間者が出入りし持氏様としばしばお会いしていました。」
私「上杉憲実殿はいかがしていたのじゃ?」
小百合「持氏様は憲実様を遠ざけられております。憲実様の間者・虎羅殿の調べによると、持氏様はいずれ延暦寺と同時に幕府を討つ兵を挙げるつもりのようです。」
私「なんと!!延暦寺と挙兵することを考えておるとは!」
延暦寺と持氏殿は挙兵の機会を伺っているのでした。延暦寺が和睦したのは持氏殿に挙兵する準備が出来てなかったからです。
やはり憲実殿がまだ持氏殿を止めているということでしょう。
私は義教の元へ行き、この報せを話ました。
義教は激怒すると思ったのですが…
義教「やはりそうか…。」
私「兄上は既に知っていたのですか?」
義教「いや、知りはせぬ。わしの読みだ。延暦寺といっても今、わしに反抗しているのは一部。これらが持氏と通じているのであろう。ただ、この一部が今の延暦寺を仕切っているのだ。」
私「兄上はその一部の僧らを排除しようとしているのですね。」
義教「そうだ。管領どもは何もわかっておらん。延暦寺と持氏が同時に挙兵されては我らも無傷ではすまぬ。まずは延暦寺を鎮圧せねば。」
義教は、ただやみくもに動いていたわけではなかったのです。
義教「延暦寺を服従させるために、わしはどんな手でも使うぞ。智子、見ているのだ。わしのやり方を!」
翌1435年、義教は和睦した延暦寺の代表4人を京へ招きました。
しかし、延暦寺側は義教を疑い上洛しません。
管領・細川持之殿は和睦を勧めた責任から上洛させるための策を考えました。
持之「御所様、私が誓詞を出します。延暦寺側もこれなら信じてくれるでしょ。」
義教「そうか。なら頼むぞ…。」
しかし、持之殿は義教に利用されただけだったのです…。
つづく…
