私、足利義満の娘・智子です。
1433年、京では延暦寺の僧が強訴にくると噂されていました。
私は急ぎ兄・義教の居る室町第に向かいました。
その頃、室町第では義教と幕府首脳部が話し合いをしています。
畠山満家殿、斯波義淳殿、山名時熙殿、満済殿、新たに管領となった細川持之殿らが集まっていました。
今回は延暦寺の僧は幕府の山門奉行らに不正があったと訴訟してきたのです。
義教「この訴訟は誠か⁈ 僧らの言い掛かりではないか?」
畠山「いえ。此度は延暦寺側の言い分に分があります。」
斯波「延暦寺側は訴訟が通らねば強訴に出てくるでしょう。」
義教「強訴?望むところではないか!我が権力を見せつけるいい機会だ!」
義教は意のままにならぬ延暦寺に対して荒れていました。
満済「御所様、落ち着いてくだされ。関東に火ダネが残っている今、延暦寺と争うのは得策ではありませぬ。」
満済殿のいう関東の火ダネとは鎌倉公方・足利持氏殿のことです。
義教「くっ、…いかがすればよいのだ?」
満済「延暦寺とは争わず山門奉行らを罰しましょう。」
義教「仕方あるまい。持之、山門奉行らを流罪にせよ…。」
持之「はっ!」
私が室町第に着いた頃には延暦寺との訴訟問題は結審されていました。
とりあえず強訴は回避されたのです。
しかし、義教は納得はしていなかったのです。
私「兄上、争いを避けるのは良策と思います。」
義教「いや、これで延暦寺の勢いは終わらぬ。あやつらは幕府に勝ったとさらに調子に乗ってくるぞ。」
私「これで終わりではないのですか?幕府首脳部で奉行を流罪で決めたのでは?」
義教「管領らはわかってはおらぬ。延暦寺の力を…。」
私は義教のいうことがわかりませんでした。
しかし、義教の言葉のとおり終わりではなかったのです。
延暦寺は今回の訴訟に同調しなかった園城寺を焼き討ちにする行為に出ました。
これを聞いた義教は激怒しました。
義教「延暦寺め!調子に乗りおって!兵を出せ!比叡山を包囲せよ!」
延暦寺との対立は激化してきました…。
つづく…

