私、足利義満の娘・智子です。
富士遊覧を終え京へ戻った兄・義教が気にかかっていたことがありました。
それは九州のことでした。
先に義教の信任を得た大内盛見殿が九州平定に乗り出しましたが、大友氏、少弐氏との戦いで討死し、後を継いだのが大内持世殿でした。
新たに義教の信任を得た持世殿は幕府の力も借り、九州に遠征し大友氏、少弐氏に勝ちました。
義教は持世殿の九州平定に満足でした。幕府に属した大内氏が勝ったことにより九州を我がものと出来たからです。
さらに義教は父・義満が行なっていた明(今の中国)との貿易を再開しました。
義教は勢いに乗っていました。
私は義教より遅れて京へ戻る途中、伊勢で世阿弥殿の子・観世元雅殿の猿楽が行われると聞き、伊勢安濃津へ行きました。
世阿弥殿は父・義満には寵愛され、私も幼少の頃、世阿弥殿の猿楽を見ましたが、義教は世阿弥殿の甥・音阿弥殿を寵愛し世阿弥親子を弾圧したのです。
私は京では見られぬ世阿弥殿に劣らぬ名人との噂高い元雅殿の猿楽を是非見たいと思っていました。
安濃津に着いた私は元雅殿の猿楽が行われる演能場を探しました。
しかし、それらしい場所は見つかりませんでした。
諦めず探していると、ある神社で人集りを見つけました。
私はその人集りの1人の民に尋ねます。
私「この人集りは何でしょうか?もしかして猿楽が行われる場所ですか?」
民「猿楽が行われる予定なんだけど…演者が倒れたらしいんだ。」
私「なんと!?」
私は人集りを避け別のところから神社の中に入りました。
そこで見たのは神社の居間で床に伏せっている元雅殿でした…。
つづく…

